本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。株式譲渡では会社そのものは変わらないため、許認可も契約も「そのまま続く」と考えられがちです。ところが実際には、株主が変わることを理由に手続きや相手方の同意が必要になる場合があります。これを終盤で見つけると、日程が大きく動きます。ここでは、いつ何を洗い出し、誰の順番で同意を取りに行くのかを整理します。取引先への挨拶の進め方は「取引先挨拶の進め方」を参照してください。

「会社は変わらない」が、そのまま通らない場合がある

株式譲渡は、会社の株主が変わるだけで、会社という法人格はそのまま存続します。したがって、会社が持っている許認可も、会社が結んでいる契約も、原則としてそのまま続きます。これが事業譲渡や会社分割と比べたときの、株式譲渡の大きな利点です。

ただし、例外があります。大きく分けて二つです。

  • 制度上の手続きが求められるもの:業種によっては、役員が変わることや支配する者が変わることについて、所管する官庁への届出や、事前の確認が必要とされる場合があります
  • 契約に定めがあるもの:取引基本契約、賃貸借契約、リース契約、金銭消費貸借契約、販売代理店契約、フランチャイズ契約などに、支配権の変更(チェンジオブコントロール)があった場合の通知義務・事前同意・解除権が定められていることがあります

後者は、契約書を一つずつ読まなければ分かりません。「うちは特に何もないと思う」という経営者の記憶は、残念ながら当てになりません。何十年も前に結んだ基本契約の条項を、日常の業務で意識している経営者はまずいないからです。責める話ではなく、一緒に確認する作業として進めます。

洗い出しの手順

次の順で洗い出します。受託から企業概要書を作る段階で、少なくとも一巡させておきます。

対象見るもの確認すること
許認可・登録・免許許可証、登録通知、更新の記録種類、有効期限、更新の時期。株主や役員の変更に関して所管官庁への手続きが要るか
主要な取引契約売上・仕入の上位先との基本契約書支配権の変更に関する条項の有無。通知で足りるか、事前の同意が要るか
不動産の賃貸借本社・工場・店舗の賃貸借契約書同様の条項の有無。連帯保証人がオーナー個人になっていないか
リース・割賦設備・車両のリース契約書同様の条項と、保証の有無
金融機関との契約金銭消費貸借契約書、約定書期限の利益喪失の事由に該当しないか。経営者保証の扱い
販売店・加盟店の契約代理店契約、加盟店契約本部の承諾が必要とされていることが多い
補助金・助成金交付決定通知、実績報告処分の制限や報告義務が残っていないか

洗い出した結果は一覧にし、「手続き不要」「通知が必要」「事前同意が必要」「要確認」の四つに分類します。「要確認」が残っているうちは、日程を確定させません。なお、条項の解釈や、その手続きが法的に必要かどうかの判断は弁護士に、許認可の承継の可否は所管官庁や行政書士等にご確認ください。アドバイザーは法律事務を行いません。

いつ、誰の順番で同意を取りに行くか

同意が必要と分かっても、すぐに動くわけではありません。相手方に伝えることは、譲渡の検討を外部に知らせることでもあります。順番の原則は次のとおりです。

  • 最終契約の締結後に動くのが原則:契約が確定していない段階で相手方に伝えると、話が流れた場合に取引関係だけが揺らぎます
  • 従業員への開示より後にする:取引先から従業員へ話が伝わる経路を作らない。社内への開示を先に済ませます
  • 相手方の重要度が高い順に、買い手と一緒に:売上の中心にある取引先ほど、売り手と買い手の双方が出向いて説明します
  • 金融機関は別枠で早めに:経営者保証の解除の相談と重なるため、別の段取りで進めることが多くあります

例外は、同意が取れなければ取引の前提が崩れる相手がいる場合です。売上の大半を占める一社との契約に事前同意の条項があり、そこが認めなければ事業が続かない、という構造であれば、契約の前に感触を確かめる判断もあり得ます。ただしこれは、売り手・買い手・弁護士を交えて慎重に決める事柄であり、仲介者が単独で動いてよい場面ではありません。

同意が取れない場合の処理

同意が得られない、あるいは間に合わない見込みが出たときの扱いは、おおむね次の四つです。

扱い内容留意点
決済の前提条件にする同意の取得を決済の条件として契約に書く明快だが、日程が相手方に左右される
表明保証と補償で受ける問題が生じた場合の負担の分け方を契約で定める契約は進むが、責任が残る側の負担を必ず説明する
価格に反映する取引が失われる可能性を条件に織り込む売り手には減額として受け取られる。早く開示していれば起きにくい
日程を後ろに倒す同意が得られるまで決済を待つ待てる案件かどうかの見極めが要る

どれを選ぶかは弁護士を交えて決めますが、仲介者はそれぞれが売り手・買い手に何を残すかを平易な言葉で説明する役割を担います。「表明保証で受ける」という着地は契約の場では早く済みますが、売り手にとっては譲渡後に責任が残る形です。その意味を理解しないまま署名に至らないよう、必ず言葉にして確認します。

早く洗い出すことが、いちばんの対策になる

この論点は、見つける時期がすべてです。同じ事実でも、受託の直後に分かれば選択肢は多く、デューデリジェンスで買い手側に指摘されれば「聞いていない事実」として条件に跳ね返ります。最終契約の直前に出てくれば、日程が動きます。

見つかる時期起きること
受託・概要書の作成時買い手への提示時に前提として説明できる。条件に影響しにくい
意向表明の前後条件の組み立てに織り込める。日程にも反映できる
デューデリジェンス買い手からの指摘事項になる。価格や条項の見直しにつながる
最終契約の直前日程の変更か、契約条項での手当てのどちらかになる。双方に負担が残る

だから仲介者は、契約書の束を早い段階で見せていただくことにこだわります。売り手にとっては手間のかかる依頼ですが、「なぜ今これが必要か」を説明すれば、多くの経営者は協力してくださいます。「後で困らないためです」ではなく、「いま分かれば選べる方法が多く、後で分かると日程が動きます」と具体的に伝えてください。準備の進め方は「売り手のDD準備支援」も参考になります。

本稿は仲介実務の一般的な型を解説するものです。契約条項の解釈や個別案件における法的な適用は弁護士に、税務の取り扱いは税理士にご確認ください。アドバイザーは法律事務・税務代理を行いません。

よくあるご質問

A.会社という法人格はそのまま存続するため、原則として許認可も継続します。ただし業種によっては、支配する者や役員が変わることについて所管官庁への届出や事前の確認が求められる場合があります。該当するかどうかは業種と許認可の種類によって異なりますので、所管官庁や行政書士等にご確認ください。早い段階で確認しておけば、日程に組み込めます。
A.そうした条項は珍しくありません。まず、その条項が通知で足りるのか事前の同意が必要なのかを確認し、対象となる取引の重要度に応じて対応を決めます。条項の解釈は弁護士にご確認ください。重要なのは、早い段階で把握しておくことです。調査の段階で買い手側から指摘されると、条件の見直しにつながることがあります。
A.多くの場合、最終契約の締結後、従業員への開示を済ませてから行います。契約が確定していない段階で外部に伝えると、話がまとまらなかった場合に取引関係だけが揺らぐためです。ただし、同意が得られなければ取引の前提が崩れる相手がいる場合は、順番を変えることもあります。その判断は、売り手・買い手・弁護士を交えて行います。
A.必ずしもそうではありません。同意の取得を決済の条件とする、契約で責任の分け方を定める、条件に織り込む、日程を後ろに倒す、といった扱いが考えられます。どれを選ぶかは、その取引が事業にとってどれだけ重要かによります。いずれの場合も、選んだ方法が譲渡後に何を残すかをご説明したうえで決めていただきます。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら