企業概要書を作る段階で、必要な資料が揃わない会社は珍しくありません。取引先別の売上を出したことがない、契約書を交わさずに取引している、従業員の一覧が最新ではない——どれも中小企業では普通に起こります。
このとき取れる道は三つです。無いと書く、聞き取って作る、別の資料で代える。どれを選ぶかで、買い手の受け取り方が変わります。本稿では、それぞれの使い分けと、やってはいけない扱いを整理します。
「無い」と書くときの書き方
無いものを無いと書くのは正しい対応です。問題は書き方で、同じ事実でも受け取られ方が変わります。
避けたいのは「資料なし」とだけ書くことです。買い手は、作っていないのか、作ったが出せないのか、そもそも存在しない取引なのかを区別できません。区別できないものは、悪い方に読まれます。
書くなら、無い理由と、代わりに何が分かるかまで書きます。たとえば取引先別の売上について、「集計を行っていないため資料は存在しない。請求書の控えは保管しており、必要であれば主要先について集計可能」と書けば、買い手は次の一手を考えられます。「資料なし」で止めると、そこで検討が止まります。
もう一つ気をつけたいのは、無い項目が多いときに、まとめて末尾に並べないことです。並べると会社全体が整っていないように見えます。各章の該当箇所に書き、その章の中で代わりの情報を示すほうが、読み手の理解に沿います。
聞き取って作る
資料として存在しないだけで、情報そのものは社長の頭にあることが多くあります。この場合は聞き取って作ります。
作れる見込みが高いのは次のような項目です。取引先ごとの売上の概算と取引の経緯、受注の経路の内訳、従業員の担当と勤続年数、設備の導入年と更新の予定、仕入先の数と代替の可否。いずれも社長が日々判断している内容なので、聞けば出てきます。
聞き取りで作った資料には、聞き取りによるものだと明記します。会計資料から集計したものと同じ体裁で出すと、DDで突き合わせたときに数字が合わず、その時点で全体の信頼が落ちます。「社長への聞き取りによる概算」と書いてあれば、多少のずれは想定の範囲として扱われます。
聞き取りには時間がかかります。1回の面談で全部は出ません。資料の不足が分かった時点で、何回かに分けて聞く日程を取っておくと、企業概要書の完成が遅れずに済みます。
別の資料で代える
直接の資料が無くても、別の資料から同じことが分かる場合があります。実務で使えるのは次のような組み合わせです。
取引先別の売上が無い場合は、売掛金の残高一覧で主要先が分かります。契約書が無い場合は、注文書と請求書の控えで取引条件が読み取れます。従業員の一覧が無い場合は、賃金台帳と社会保険の被保険者名簿で人数と構成が分かります。設備の一覧が無い場合は、固定資産台帳で導入年と取得価額が分かります。
代えるときは、その資料から何が読み取れて、何が読み取れないかを添えます。売掛金の残高一覧からは期末時点の主要先は分かりますが、年間の売上構成は分かりません。この限界を書かずに出すと、買い手は年間の構成だと誤解します。
資料の受け渡しの段取りについてはDD対応の実務、何を書かないかの判断は企業概要書で「書かないこと」の決め方にまとめています。
やってはいけない扱い
資料が揃わないときに、仲介者がやってはいけないことがあります。
第一に、推測で埋めることです。業界の一般的な水準から逆算して数字を置くと、その数字は企業概要書に載った時点で「会社が出した数字」になります。DDで実態と合わなければ、売り手が説明を求められます。仲介者が作った数字で売り手が追及される形は避けなければなりません。
第二に、無い項目を黙って落とすことです。章立てから項目ごと消せば、買い手は欠けていることに気づきません。これは一時的には進みますが、DDで必ず出てきます。そのときに「隠していた」と受け取られます。
第三に、資料が揃わないことを理由に案件を止めることです。揃わない会社のほうが多いのが実態で、揃うまで待てば案件は進みません。揃っていない前提で、何を代わりに示すかを考えるのが仲介者の仕事です。
なお、資料が揃わないことと、会社の実態が悪いことは別です。帳簿の整理が苦手な社長が、堅実な事業を営んでいることは普通にあります。整っていないことを、実態の評価に持ち込まないように気をつけます。
買い手の側から見ると
買い手の立場で企業概要書を読むと、資料の欠落は二つの意味に読めます。一つは「この会社は管理が弱い」。もう一つは「この仲介者は調べていない」。後者に読まれると、質問が仲介者ではなく売り手に直接飛ぶようになり、売り手の負担が増えます。
この二つを分けるのは、欠落の説明がついているかどうかです。説明があれば前者として読まれ、管理体制の改善という買収後の課題になります。説明がなければ後者として読まれます。
管理が弱いこと自体は、買い手にとって必ずしも悪い情報ではありません。整っていない会社を整えることで利益が改善する余地があると読む買い手もいます。そのためには、どこが整っていないかが具体的に分かる必要があります。曖昧なままでは、改善の余地としても評価できません。
なお、個別の判断は案件の事情によって変わります。法務・税務にまたがる論点は、弁護士・税理士などの専門家に確認してください。