本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者に向けた実務教材です。損益計算書の売上高は一行です。その一行のままでは、買い手は事業の中身を判断できません。売上を分解して示すことは、会社を良く見せるための作業ではなく、事業がどういう構造で成り立っているかを正確に伝える作業です。分解の結果として、特定の取引先への依存が浮かび上がることもあります。それも含めて示すのが資料の役割です。ここでは、軸の選び方、集中の示し方、継続性の裏づけ、データが揃わないときの代替を型にします。
合計だけでは何も分からない|買い手が最初に知りたいこと
買い手が売上について知りたいのは、金額の大きさではなく、次の三点です。
- どこから来ているか:誰が、何を、どういう理由で買っているのか
- 続くのか:来期も同じだけ立つ見込みがあるのか。何がそれを支えているのか
- 誰が替われば止まるのか:オーナーが退いたら止まる売上はどれか
三つ目は、中小企業のM&Aでは避けて通れない論点です。オーナーの個人的な関係で続いている取引がある場合、それを書かずに進めると、DDでの確認や取引先挨拶の段で必ず表に出ます。先に示してあれば、引継ぎの期間や関与の形として設計できる論点になります。後から出ると、価格の見直しの理由になります。
なお、売上の分解と、評価のためのKPIの選定は別の作業です。どの指標を見せるかについては「業種別KPIの選び方」を参照してください。本稿は、売上という一行をどう割るかに絞ります。
分解の軸|五つから、その事業に効くものを選ぶ
分解の軸は多く取ればよいというものではありません。軸を増やすほど表は増え、読み手は要点を見失います。次の五つから、その事業の構造を最もよく表すものを二つか三つ選びます。
| 軸 | 向いている事業 | 読み取れること |
|---|---|---|
| 取引先別 | 法人向け、下請、卸 | 依存の度合い、取引の継続年数 |
| 商品・サービス別 | 製造、小売、専門サービス | 収益の柱、利益率の違い、構成の変化 |
| 地域・拠点別 | 多店舗、広域展開 | 拠点ごとの採算、商圏の性質 |
| チャネル別 | 小売、EC併用、代理店経由 | 集客の構造、手数料負担 |
| 新規・既存別 | 継続取引の比率が高い事業 | ストック性、解約や離脱の状況 |
どの軸で割る場合も、3期分を同じ軸で並べることが条件です。一期だけの構成比は、たまたまの結果かもしれません。3期並べて初めて、構成が動いているのか安定しているのかが見えます。
また、可能であれば売上と一緒に粗利も並べてください。売上構成と利益構成が一致しない事業は多く、売上だけで見ると柱を読み違えます。粗利が品目別に取れない場合は、取れないと書いたうえで、原価の構造を言葉で説明します。
取引先集中をどう示すか|薄めない、隠さない
分解すると、特定の取引先への集中が見えることがあります。ここで絶対にやってはいけないのは、集中が目立たないように軸を選び直すことです。取引先別で偏るからといって商品別だけを載せる、上位一社が突出するから上位五社をまとめて示す、といった処理は、後で必ず露見します。
実務での示し方は次のとおりです。
- 上位取引先の構成比:上位数社について、3期分の金額と構成比を示す(社名は段階に応じて記号化)
- 取引の年数:いつから取引があるか。長さは集中の見え方を変える重要な情報
- 取引の形:基本契約の有無、発注の単位、価格改定の慣行、更新の条件
- 関係の担い手:誰が窓口か。オーナー個人の関係か、組織として維持されているか
- 直近の動き:取引量の増減、他社への切替えの有無
集中は、それだけで悪い材料とは限りません。長く続いており、組織として維持され、技術や品質で選ばれている取引であれば、安定の裏づけとして読まれます。逆に、短く、価格で選ばれ、担い手が一人であれば、リスクとして読まれます。この違いを伝えられるのは、構成比ではなく、その周辺の事実です。比率だけを載せて終わらせないでください。
継続性をどう裏づけるか|数字ではなく、仕組みを書く
「来期も同じだけ立つ」ことを示すのに、予測の数字を書き足す必要はありません。書くのは売上が続く仕組みです。
| 継続の根拠 | 資料に書く事実 |
|---|---|
| 契約に基づく | 契約の期間、更新の条件、解約の申入れ期限、過去の更新の実績 |
| 受注残がある | 期末時点の受注残高と、その消化予定の時期 |
| 反復して発注される | 取引の頻度、直近数年の発注件数の推移 |
| 切り替えにくい | 仕様の共同開発、認証や登録、設備の専用性、保守の継続 |
| 資格・許認可に支えられる | 保有する許認可と有効期限、担当者の資格 |
ここでも原則は同じで、裏づけのないものは書きません。「長年の信頼関係」という表現は、資料では情報量がゼロです。取引年数、発注の頻度、担当者の在籍年数といった事実に置き換えてください。
逆に、継続に不安のある部分も書きます。契約が単年で更新の保証がない、価格改定の交渉が続いている、相手先の方針変更が伝えられている。これらは隠しても取引先挨拶の段で表に出ます。COC条項がある場合の進め方は「取引先挨拶の進め方」を参照してください。
データが揃わないとき|無いものを作らない
中小企業では、取引先別・商品別の売上が集計できない会社が一定数あります。会計システムに補助科目がない、販売管理が手作業、というような状況です。このとき、推計で表をつくってはいけません。
実務での代替は次の順です。
- 1. 元データから集計できないかを確かめる:請求書の控え、販売管理のデータ、入金の記録。数か月分でも傾向は取れる
- 2. 期間を絞って正確に出す:3期分が無理なら直近1期。全期間の概算より、限定された期間の正確な数字のほうが使える
- 3. 定性で書く:集計できない旨を明記したうえで、主要な取引先・商品と、おおよその位置づけを言葉で説明する
- 4. 概算であることを明示して示す:誰がどの方法で集計したかを注記に書く
どの場合も、注記に「集計の方法」と「対象期間」を書くことが条件です。DDでは、買い手が同じデータから集計し直します。そのとき数字が一致しなくても、集計方法が書いてあれば説明がつきます。書いていないと、食い違いそのものが論点になります。
また、集計の過程で販売管理の弱さが見えることがあります。それは資料に書くべき事実であると同時に、譲渡後の改善余地として買い手が評価する材料にもなります。弱点として伏せるのではなく、現状として正確に書いてください。
よくあるご質問
Free Consultation
この「型」を、現場で一緒に磨きませんか。
プラチナパートナーズでは、譲渡企業の実態を正確につかみ、事実で語れる資料をつくれるアドバイザーを募集しています。M&A業界が初めての方も、実務の型から丁寧にお伝えします。
経営者の方のご相談は、無料相談フォーム(またはinfo@platinumpartners.jp)から承ります。2営業日以内にご返信します。