本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。IMの財務パートが「いくら稼いでいるか」を示すページなら、事業パートは「その稼ぎが続くかどうか」を示すページです。ところが新人が書く事業パートは、たいてい形容詞で埋まります。「高い技術力」「強固な顧客基盤」「地域に根ざした信頼」。買い手の担当者はこの手の言葉を読み飛ばします。検証できないからです。本稿では、事実で書くための型、図解の作り方、弱みの扱い、そしてヒアリングで事実を引き出す質問までを扱います。IM全体の設計は「企業概要書(IM)作成の実務」をご覧ください。
事業パートの役割|買い手は「続くかどうか」を読んでいる
買い手が事業パートを読むときの問いは、突き詰めれば四つです。
- この会社は、誰に何を売って稼いでいるのか(収益の源泉)
- なぜ顧客はこの会社を選んでいるのか(選ばれる理由)
- オーナーが去っても、それは続くのか(再現性)
- 自社と組むと、何が変わるのか(シナジーの余地)
この四つに答えるページを作る、と決めれば、書くべきことは絞られます。会社の沿革を延々と書く必要はありません。創業者の理念も、それが今の収益にどうつながっているかを説明できないなら、短く済ませます。
そして、事業パートの品質はヒアリングの質で決まります。資料からは書けない。社長、工場長、営業責任者に会って、どの工程が難しいのか、なぜあの顧客は他社に切り替えないのか、を聞き出せているかどうか。書く力より聞く力が先です。
ビジネスモデルを一枚の図にする
事業パートの冒頭に置くべきは、文章ではなく一枚の図です。仕入先から自社の工程を経て顧客に届くまでの流れと、お金の流れを一枚にします。含める要素は次のとおりです。
- 仕入先の区分(何を、何社くらいから、どの程度の集中度で)
- 自社が担う工程(内製している範囲と、外注している範囲を明確に分ける)
- 販売チャネル(直販か代理店か、元請けか下請けか)
- 顧客の区分(業種、法人・個人、地域)
- 収益の型(都度受注か、継続契約か、保守や消耗品による継続収入があるか)
- 代金の流れ(回収サイト、支払サイト)
この図があると、買い手は自社の事業との接点を一瞬で見つけられます。「この工程はうちが持っていない」「この顧客層はうちの販路と重なる」——シナジーの発見は、たいてい図から生まれます。文章で同じことを書いても、そこまで速く伝わりません。
図を描く過程にも意味があります。図が描けないということは、事業の理解が足りないということです。図が描けるまでヒアリングを重ねる——これを基準にしてください。シナジーの整理は「シナジーとは」も参考になります。
強みは形容詞ではなく事実で書く
ここが本稿の核心です。強みは主張するものではなく、読み手が事実から判断するものです。書き換えの例を並べます。
| 避けたい書き方 | 事実で書き換える |
|---|---|
| 高い技術力を有する | ◯◯の工程を内製しており、同工程を内製する同業は地域内で限られる。△△規格の認証を◯年に取得、◯名が◯◯技能士の資格を保有 |
| 強固な顧客基盤 | 上位5社との取引継続年数は◯年〜◯年。直近3期で主要顧客の入れ替わりはなく、年間の受注件数は◯件前後で推移 |
| 地域で高い信頼 | ◯◯市内の同業◯社のうち、△△の許可を持つのは◯社。公共案件の入札参加資格を保有し、直近3期の受注実績あり |
| 安定した収益 | 売上の◯割が年間保守契約に基づく継続収入。契約更新率は直近3期で◯%台を維持 |
| 優秀な人材が揃う | 技術職◯名の平均勤続年数は◯年。直近3期の技術職の退職は◯名。資格保有者の内訳は別表のとおり |
右側の書き方には共通点があります。数えられる、確かめられる、比較できる。この三つを満たす記述が、買い手にとっての情報です。逆に言えば、数えられない主張は書かないほうがよい。「地域No.1」のような表現は、根拠を示せないなら削ります。
なお、数字を書く以上はその数字を売り手が確認していることが前提です。仲介者が推定で書いてはいけません。デューデリジェンスで食い違えば、表明保証の問題にもなり得ます。ヒアリングで得た数字は、必ず売り手に確認した記録を残してください。
顧客・仕入・人員・設備の見せ方
顧客
顧客は、匿名化したうえで構成を示します。「A社(◯◯業・◯年取引)◯%」という形で上位数社を並べ、依存度が一目で分かるようにします。集中している場合は隠さず、代わりに取引の安定性を示す事実(契約の有無、取引の長さ、担当者が複数いるか、直近の受注状況)を添えます。顧客基盤の見せ方は「顧客基盤の価値」も参照してください。
仕入・外注
買い手は、仕入先が変わったときのリスクを気にします。主要な仕入先の数、代替可能性、価格改定の履歴、支払条件を書きます。特定の職人や協力会社に依存している場合は、その関係がオーナー個人によるものか、会社としてのものかを明示してください。
人員
組織図に加えて、年齢構成、勤続年数、資格保有状況、直近3期の入退社の状況を載せます。買い手が最も知りたいのは誰が抜けたら困るかです。キーパーソンの役割と、その方の残留意向(確認できている範囲で)を書けると、資料の価値が大きく上がります。
設備・拠点
主要設備の種類、取得年、稼働状況、更新の必要性。拠点については所有か賃借か、賃借なら契約期間と条件、譲渡時に同意が必要な条項(いわゆるチェンジ・オブ・コントロール条項)の有無を確認します。この条項の論点は「チェンジ・オブ・コントロール条項とは」にまとめています。
弱みとオーナー依存をどう書くか
IMに弱みを書くべきか——後輩から必ず出る質問です。答えは書くです。理由は単純で、デューデリジェンスでほぼ確実に判明するからです。後から出れば「隠していた」になり、価格と条件が厳しくなります。先に書けば「説明済みの事実」になり、対応策の議論に進めます。
書き方には型があります。①事実 → ②背景 → ③現在の対応 → ④買い手側で解決しうる余地の順です。
- 例:①主要顧客1社への売上依存が◯割を占める → ②創業以来の取引で、専用ラインを設けて対応してきた経緯がある → ③直近2期は他業種の新規開拓に着手し、◯社との取引が始まっている → ④買い手の販路と組み合わせることで、依存度の低下が見込まれる可能性がある
④は「そうなります」と断定しないでください。「可能性がある」「余地がある」にとどめ、判断は買い手に委ねます。断定は表明保証の問題にもなり得ます。
オーナー依存の書き方
中小企業のIMで最重要の論点です。「社長に依存しています」と一行で書いても情報になりません。依存を分解するのが実務です。
- 営業:新規開拓は誰が行っているか。既存顧客の窓口は社長か、担当者か
- 技術・現場:社長しかできない工程はあるか。手順は文書化されているか
- 価格決定:見積の基準はあるか。社長の判断が必要な範囲はどこか
- 対外関係:金融機関、業界団体、行政との関係は社長個人によるものか
- 管理:経理、労務、許認可の更新を誰が把握しているか
分解すると、引き継ぎやすい部分と時間がかかる部分が分かれます。そのうえで、オーナーの引継ぎ期間の意向、後継となりうる幹部の有無、標準化の進捗を書きます。買い手が見ているのは依存の有無ではなく、引き継ぐ道筋があるかどうかです。
ヒアリングで事実を引き出す質問の型
最後に、事業パートの材料を集めるための質問です。抽象的に「強みは何ですか」と聞いても、返ってくるのは形容詞です。次のように具体化します。
- 「一番大きなお客様は、なぜ他社ではなく御社を使い続けているのでしょうか。過去に他社に切り替えられかけたことはありますか」
- 「新しく参入しようとする会社があるとしたら、どこでつまずくと思われますか」
- 「この仕事で、御社にしかできない工程はどれですか。それは設備によるものですか、人によるものですか」
- 「一番若い技術者が一人前になるまで、どれくらいかかりますか」
- 「先代から引き継いだときに、一番苦労されたのはどこでしたか」
- 「社長が一週間不在にすると、最初に止まるのはどの仕事ですか」
- 「直近3年で失注した案件があれば、その理由を教えてください」
最後から二つ目の質問は、オーナー依存を測るのに非常に有効です。答えが「何も止まらない」なら組織で回っている会社ですし、「見積が全部止まる」なら価格決定が属人化しているということです。失注の理由を聞く質問も重要で、強みの裏返しが見えます。
質問の設計そのものは「質問力を鍛える」で扱っています。事業パートは、資料室で書くものではなく現場で聞いて書くもの——この一点を守れば、形容詞だらけのIMからは卒業できます。財務パートとの整合は「IMの財務パートの書き方」を参照してください。