事業承継でもっとも難しいのは、法律でも税金でもなく、家族の中で話を始めることだと感じています。切り出す機会がないまま何年も過ぎ、体調を崩してから慌てる。よくある展開です。一度きちんと話す場を持つだけで、その後の進み方がまったく変わります。
なぜ家族会議が必要なのか
事業承継は、会社の問題であると同時に家庭の問題です。自社株は相続財産であり、譲渡代金は家族の生活に直結します。会社を継ぐかどうかは、子の人生の選択でもあります。
にもかかわらず、多くの会社では、これらが個別に、断片的に語られます。長男には「継いでほしい」と言い、次男には何も言わず、配偶者には決まってから伝える。情報が人によって違う状態が、後の不満の温床になります。
一度、関係者が同じ場で同じ話を聞く。それだけで、少なくとも「聞いていない」という不満はなくなります。
誰を呼ぶか
参加者の範囲は、案件によって変わります。基本は配偶者と子です。株式を持っている親族がいれば、その方も関係者になります。
迷うのが、会社に関与していない子や、その配偶者を呼ぶかどうかです。呼べば話が複雑になりますが、呼ばなければ後から「勝手に決められた」となります。株式が相続財産である以上、相続人となる方には何らかの形で伝わる必要があります。
実務では、まず配偶者と二人で話し、次に子を含めた場を持つという二段階が多くとられます。いきなり全員を集めると、誰も本音を言えないためです。
何から話すか
切り出し方でお勧めしているのは、結論からではなく、現状からという順番です。
会社の規模、業績、借入の状況、自分の年齢と健康、後継者が決まっていないという事実。まず共有すべきは、これらの事実です。「お前に継いでほしい」から始めると、相手は身構え、事実を聞く前に感情が動きます。
事実を共有したうえで、「どうしたらいいと思うか」と問いかける。意見を聞く場として設計すると、参加者の姿勢が変わります。決定を告げる場ではなく、一緒に考える場にすることが、最初の一回では特に大切です。
株式と相続財産の話は避けて通れない
自社株は、多くの場合、相続財産の大きな部分を占めます。ところが、換金しにくく、分けにくい財産です。継ぐ子に株を集中させれば、他の子の取り分が減ります。均等に分ければ、会社の意思決定が分散します。
ここで出てくるのが遺留分の問題です。事業承継の場面では、経営承継円滑化法に基づく遺留分に関する民法の特例を使える場合があります。推定相続人全員の合意と、経済産業大臣の確認、家庭裁判所の許可といった手続きが必要です。
この話は、家族が揃っている場でしかできません。個別に話して回ると、必ず食い違いが生じます。
その場で決めないことを決めておく
一回目の会議で、結論を出そうとしないでください。その場で決めないと決めておくことが、かえって話を前に進めます。
決めるべきでないのは、誰が継ぐか、株をどう分けるか、代金をどう配分するか。いずれも持ち帰って考える時間が要ります。その場で詰めると、勢いで言ったことが後から覆り、信頼を損ないます。
逆に、その場で決めてよいのは「次にいつ話すか」です。日を決めて解散する。これだけで、話が立ち消えになることを防げます。
反対する家族が出たとき
話し合いの場で、反対の声が出ることがあります。「先代から預かった会社を売るのか」「自分は継ぐつもりだったのに聞いていない」。いずれも、感情としては当然のものです。
ここで論破しようとしないことです。反対の背景には、たいてい事実の不足があります。会社の実情を知らないまま反対している、承継しなかった場合に何が起きるかを知らない、という状態です。
実務でお勧めしているのは、反対する方に、いちばん詳しい情報を渡すことです。決算書を見せ、借入の状況を説明し、後継者がいないまま数年が過ぎるとどうなるかを共有する。そのうえで「では、どうするのがよいと思うか」と問いを返す。反対が、当事者としての参加に変わることがあります。
それでも折り合わない場合は、時間を置きます。数か月後に状況が変わっていることは珍しくありません。
専門家を同席させるか
税理士やアドバイザーを同席させるかは、案件によります。
同席させる利点は、数字と制度の説明を正確にできることです。自社株の評価額、相続税の見込み、承継税制の期限。経営者が説明すると「都合よく言っている」と受け取られかねない事柄も、第三者からであれば事実として伝わります。
一方で、初回から外部の人がいると本音が出にくいという面もあります。一回目は家族だけ、二回目に専門家を呼ぶという順番が、実務ではうまくいくことが多いように感じています。
話した内容を、書いて残す
最後に、実務的なお願いです。話した内容を、簡単でよいので書いて残してください。
誰が出席し、何を共有し、何が保留になり、次はいつ話すのか。A4一枚で十分です。これがあると、次回の出発点が揃います。そして、時間が経ってから「あのとき何を話したか」で揉めることがなくなります。
事業承継は、数年から十年にわたる仕事です。記録があることの価値は、後になるほど大きくなります。事業承継対策の全体像も併せてご覧ください。