農業、漁業、林業といった一次産業の承継には、他の業種にはない事情があります。事業の基盤が土地や漁業権などの権利に結びついていること、機械や設備の更新負担が重いこと、そして地域との関係が事業の継続に直結すること。本稿では、これらの固有の論点を整理したうえで、親族内で引き継ぐ場合と第三者に引き継ぐ場合の進め方をご説明します。農地や漁業権の取り扱いは制度が細かく定められていますので、必ず所管の窓口や専門家にご確認ください。

一次産業の承継が抱える固有の事情

一次産業の承継を難しくしている要因は、主に次の4つです。

  • 権利の移転に制度上の制約がある:農地の権利移転には農地法の手続きが必要。漁業権や森林の権利にもそれぞれの制度がある
  • 設備投資の負担が重い:機械、施設、船舶などの更新に多額の資金を要する
  • 技術と経験の蓄積が個人に属する:栽培・飼育・漁労の判断は、長年の経験に基づく
  • 地域との関係が不可欠:水利、共同利用の設備、出荷の組織など、地域の仕組みに組み込まれている

とくに1番目と4番目は、他の業種の承継にはほとんど登場しない論点です。事業を引き継ぐには、権利の移転と地域からの受け入れの両方が必要になります。

また、一次産業では個人経営の比率が高いことも特徴です。個人経営の場合、承継は「事業主の交代」ではなく「一つひとつの資産と権利の移転」になります。個人事業の承継の基本は「個人事業から法人への承継」もあわせてご覧ください。

農地の権利移転には農地法が関わる

農地の売買・貸借には、原則として農地法に基づく許可が必要です。取得できる者の要件が定められており、誰でも自由に取得できるわけではありません。地域によって取り扱いが異なる部分もあるため、まずは農業委員会にご相談ください。

承継の場面で押さえておきたいのは、次の点です。

相続による取得。相続で農地を取得する場合は、許可を要しない一方で、農業委員会への届出が必要とされています。ただし、相続人が複数いる場合、農地が分割されて経営規模が縮小するおそれがあります。誰が農業を継ぐのかを踏まえた遺産分割の設計が重要です。

贈与による移転。生前に後継者へ農地を贈与する場合、農地法上の手続きに加えて、贈与税の検討が必要です。農地等に係る贈与税・相続税の納税猶予制度がありますが、適用には要件があり、その後の継続要件も定められています。必ず税理士にご確認ください。

借りている農地。自作地だけでなく、借りている農地がある場合は、賃貸借契約の承継についても確認が必要です。貸主の意向によっては、代替わりを機に返還を求められることもあります。

漁業や林業についても、それぞれの権利の性質に応じた手続きがあります。漁業権は漁業協同組合との関係が深く、森林の場合は森林経営計画などとの関係も生じます。いずれも所管の窓口にご確認ください。

機械・設備の更新という重い論点

一次産業では、設備の更新負担が承継の障害になることがあります。トラクターやコンバインなどの農業機械、選果や乾燥の施設、畜舎、漁船、林業機械——いずれも高額で、耐用年数を迎えれば更新が必要です。

承継にあたって確認しておきたいのは次の点です。

確認項目内容
主要設備の一覧と年式今後5年から10年でどれを更新する必要があるか
更新に要する資金概算でいくらか。自己資金で賄えるか、借入が必要か
残っている借入設備資金の借入残高と返済計画。個人保証の有無
共同利用の設備地域で共同利用しているものの権利関係と負担のルール
補助制度設備の導入に使える補助制度の有無。要件と時期

後継者にとっては、事業を引き継ぐと同時に、この更新負担を引き受けることになります。「継いだ直後に大きな設備投資が必要」という状態は、承継のハードルを上げます。可能であれば、更新の時期と承継の時期をずらす設計が望ましいでしょう。

親族内で承継する場合の進め方

親族に引き継ぐ場合の進め方を整理します。

1. 権利の一覧を作る。所有している農地・山林、借りている農地、漁業権や組合員としての地位。これらを一覧にし、それぞれの移転方法と必要な手続きを確認します。

2. 遺産分割の設計をする。相続人が複数いる場合、農地が分割されると経営規模が縮小します。農業を継ぐ方に事業用の資産を集め、他の相続人には別の財産を充てる設計を検討します。遺言による指定が有効です。「遺言と自社株」で扱っている考え方は、農地についても応用できます。法的な設計は弁護士にご相談ください。

3. 納税猶予制度の適用を検討する。農地等に係る納税猶予制度の適用可否を、税理士に確認します。適用後の継続要件にも注意が必要です。

4. 地域への挨拶を計画する。水利組合、生産部会、出荷先、共同利用組織。地域の関係者への挨拶を、先代とともに計画的に進めます。

5. 法人化を検討する。規模がある場合、農業法人化によって承継しやすくなることがあります。事業を法人に集約すれば、以後は持分や株式の移転で引き継げるようになります。ただし法人化には手間と費用が伴いますので、税理士とご相談ください。

第三者に引き継ぐ場合

後継者が親族にいない場合、第三者への承継が選択肢になります。担い手が減少している地域では、事業を続けたいと考える他の生産者や、参入を検討する企業が引き継ぐ形も現実に行われています。

ただし、農地の権利移転には制度上の制約があるため、進め方には工夫が要ります。すでに法人化されている場合は、法人の株式・持分を譲渡することで、法人が保有する権利をそのまま引き継げる形になります。法人でのM&Aの基本的な進め方は「農業法人のM&A・事業承継」で詳しく解説しています。

個人経営の場合は、資産と権利を個別に移転していく形になり、農地については農地法上の手続きが必要です。買い手の要件を満たすかどうかを含め、農業委員会に事前にご相談ください。

また、公的な支援として、各都道府県の事業承継・引継ぎ支援センターや、農業分野の担い手を支援する仕組みがあります。移住・就農を希望する方とのマッチングが行われている地域もありますので、地元の窓口に相談してみる価値があります。

まとめ|土地・設備・人の三つを分けて考える

一次産業の承継は、複雑に見えますが、論点を「土地(権利)」「設備」「人(技術と地域関係)」の3つに分けると整理しやすくなります。

土地と権利については、制度上の手続きを確認し、相続・贈与・譲渡のどの方法で移すかを設計します。設備については、更新の時期と資金を把握し、承継の時期との重なりを調整します。人については、技術の引き継ぎと地域への紹介を、時間をかけて進めます。

いずれも時間を要する取り組みです。とくに権利の移転と地域からの受け入れは、短期間では進みません。承継を考え始めた段階で、農業委員会や地元の支援窓口に相談し、必要な手続きを確認しておくことをおすすめします。当社でも、法人化された農業事業者の第三者承継についてご相談を承っています。

よくあるご質問

A.農地の売買・貸借には、原則として農地法に基づく許可が必要で、取得できる者の要件が定められています。相続による取得の場合は許可を要しない一方で、農業委員会への届出が必要とされています。地域によって取り扱いが異なる部分もありますので、まずは地元の農業委員会にご相談ください。
A.農地が複数の相続人に分割されると、経営規模が縮小して事業の継続が難しくなるおそれがあります。農業を継ぐ方に事業用の資産を集め、他の相続人には別の財産を充てる設計を検討してください。遺言による指定が有効です。遺留分への配慮も必要になりますので、弁護士にご相談ください。
A.可能性はあります。事業を続けたいと考える他の生産者や、参入を検討する企業が引き継ぐ形は現実に行われています。すでに法人化されている場合は、株式や持分の譲渡という形で権利をそのまま引き継げます。個人経営の場合は農地法上の手続きが必要ですので、農業委員会や地元の支援窓口に事前にご相談ください。
本稿の税務・法務に関する記載は2026年9月時点の制度に基づく一般的な解説です。税務の具体的な適用は税理士に、法務の判断は弁護士にご確認ください。

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法人化された事業の第三者承継を中心に、選択肢をご説明します。
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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら