工場や店舗、社屋、賃貸物件——不動産を持つ会社のM&Aでは、「その不動産をどう引き継ぐか」が条件の組み立てを大きく左右します。同じように見える取引でも、不動産の名義が動くかどうかで、買い手が負担する税金が変わるからです。

買い手の負担が変われば、提示される価格も変わります。売り手にとっても他人事ではありません。本稿では、株式取得と事業譲受・会社分割で何が変わるのか、そして売り手が事前に整えておくべき点を整理します。

※ 本稿は一般的な制度の考え方をご紹介するものであり、特定の取引に関する税務アドバイスではありません(記載は2026年8月時点の制度に基づきます)。税率や軽減措置の適用は個別に異なります。具体的な適用は顧問税理士・司法書士にご確認ください。

分かれ目は「不動産の名義が動くかどうか」

まず全体像です。会社が持つ不動産を買い手に引き継がせる方法には、主に次の二つがあります。

  • 株式取得:会社の株主が入れ替わるだけで、不動産の所有者は会社のままです。登記名義は動きません。
  • 事業譲受・会社分割:不動産そのものが別の法人へ移りますので、登記名義が動きます

この違いが、流通税——不動産の取得や登記に伴って課される税金——の有無を決めます。株式譲渡と事業譲渡の税務全般の違いは「株式譲渡と事業譲渡の税金の違い|売り手・買い手それぞれの視点」で整理していますので、あわせてご覧ください。

中小企業のM&Aで株式譲渡が選ばれることが多い理由のひとつが、ここにあります。許認可や契約関係を巻き直す必要がないことに加え、不動産の名義変更に伴うコストと手間が生じないためです。

株式取得の場合|名義は動かないが、含み益は引き継がれる

株式取得では、不動産の登記名義が動かないため、登記や不動産の取得に伴う税負担は生じないのが原則です。手続き面でも、所有権移転登記や契約の巻き直しが不要ですから、実務の負担が軽いという利点があります。

ただし、負担が消えるわけではありません。会社が長年保有してきた土地に含み益がある場合、その含み益は会社の中にそのまま残ります。買い手は「将来その不動産を売却すれば、会社に課税が生じる」ことを見込んで検討しますので、価格の議論に影響することがあります。土地の含み益の扱いは「不動産を含む会社を売るときの税務|土地の含み益の扱い」で詳しく解説しています。

また、株式取得では会社が抱える過去の一切を引き継ぎます。不動産に関していえば、越境、未登記建物、境界の未確定、賃貸借契約の内容などが、そのまま買い手の問題になります。デューデリジェンスで丁寧に確認されるのはこのためです。

事業譲受・会社分割の場合|名義が動くと負担が増える

一方、不動産そのものを移す方法では、名義の移転に伴う税負担が生じます。買い手側で主に問題になるのは次の三つです。

税目どこで生じるか
登録免許税所有権移転登記を行うときに課されます
不動産取得税不動産を取得したことに対して課されます(軽減措置が設けられている場合があります)
消費税建物は課税対象、土地は課税の対象外です。標準税率は10%です

税率や軽減措置の適用の有無は、不動産の種類や用途、時期によって異なります。金額の試算は顧問税理士・司法書士にご確認ください。M&Aにおける消費税の考え方全般は「M&Aと消費税|株式譲渡と事業譲渡で課税はこう変わる」をご参照ください。

手続き面でも、登記、賃貸借契約の承継、担保の巻き直しなど、作業が一気に増えます。コストと時間の両方が、株式取得より重くなるのが一般的です。

その負担は、結局どちらが背負うのか

ここで押さえておきたいのは、流通税は買い手が納めるものであっても、負担は交渉を通じて売り手にも及ぶという点です。

買い手は、買収に要する総コストで採算を見ます。登記費用や不動産取得税が積み上がれば、その分だけ提示できる価格が下がる——という形で跳ね返ってくるのが通常です。「税金は買い手が払うのだから関係ない」とはなりません。

そのため、不動産が主要な資産となっている会社では、スキームの選択そのものが価格交渉の一部になります。実務では、次のような組み立てが検討されます。

  • 会社ごと引き継ぐ株式譲渡を基本とし、不動産も会社に残したまま移す
  • 事業に使っていない不動産だけを、譲渡前にオーナー個人や別法人へ移しておく
  • 不動産を保有する会社と事業を行う会社を分けたうえで、事業会社の株式だけを譲渡する

後者二つは組織再編や資産の移転を伴いますので、課税関係が複雑になります。事前に顧問税理士と設計してください。不動産の整理の進め方は「会社と個人の不動産が混ざっている|承継前の整理」もご参照ください。

売り手が先に整えておくべきこと

スキームがどちらであれ、不動産まわりの資料が整っていないと、交渉は必ず止まります。早い段階で次を確認しておくことをお勧めします。

  • 登記名義と実態が一致しているか:先代名義のまま、あるいは相続登記が未了のまま使っている土地建物はないか。
  • 未登記の建物がないか:増築部分や倉庫が登記されていないケースは珍しくありません。
  • 境界が確定しているか:隣地との境界、越境物(庇・塀・配管など)の有無。
  • 借地・私道の権利関係:借地契約の内容、私道の持分、通行や掘削の承諾があるか。
  • 担保の状況:抵当権の設定内容と、被担保債務の残高。
  • 賃貸借契約:賃借人との契約内容、敷金・保証金の額と返還義務。

これらは、いずれも整えるのに時間がかかる項目です。相続登記や境界確定は数か月単位になることもあります。買い手が現れてから着手すると、交渉のテンポが落ち、条件にも響きます。

まとめ|名義が動くかどうかで、コストの絵が変わる

株式取得では不動産の名義が動かないため流通税は生じませんが、含み益や過去の権利関係はそのまま引き継がれます。事業譲受や会社分割では名義が動くため、登録免許税・不動産取得税が生じ、建物には消費税が課されます。

そして、その負担は買い手の採算を通じて価格に反映されます。不動産を持つ会社のM&Aでは、スキームの選択が条件そのものだと考えてください。

当社では、不動産を含む会社の譲渡について、税理士・司法書士等の専門家と連携しながらスキームの検討からお手伝いしています。「登記が古いままだが大丈夫か」といった段階のご相談で構いません。税額の計算と適用関係は必ず顧問税理士にご確認ください。

よくあるご質問

A.会社が所有者のままですので、原則として不動産の登記名義は動きません。ただし担保や賃貸借契約について金融機関・相手方との調整が必要になることはあります。
A.登録免許税・不動産取得税に加え、建物には消費税(標準税率10%)が関係します。税率や軽減措置の適用は個別に異なりますので、試算は顧問税理士・司法書士にご確認ください。
A.買い手が求めていない資産を外すことで話が進みやすくなる場合がありますが、移転に伴う課税やコストが生じます。実行の可否と方法は、税理士と仲介にあわせてご相談ください。
A.影響します。買い手は権利関係の確からしさを重視しますので、未了のままだと条件や日程に響きます。時間のかかる手続きですので、早めに着手されることをお勧めします。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら