基本合意を締結すると、ひと区切りついた気持ちになります。しかし、ここからデューデリジェンスが始まり、その結果によっては条件が動きます。これは想定外の事態ではなく、基本合意という仕組みに織り込まれた前提です。何が、なぜ動くのか。そして、動きを小さくするために何ができるのかを整理します。

なぜ基本合意の条件は動き得るのか

基本合意の段階で買い手が見ているのは、企業概要書、面談での説明、追加質問への回答という、売り手側から提供された情報です。契約書の原本も、給与台帳も、総勘定元帳も見ていません。

つまり、基本合意の条件は「提供された情報が正確であるという前提の上の暫定値」です。だからこそ、価格などの条件には法的拘束力を持たせないのが通例なのです(「基本合意書(LOI)と最終契約書(SPA)の違い」)。

したがって、デューデリジェンスで前提と異なる事実が見つかれば、条件の見直しが提案されます。これは買い手が不誠実だからではなく、手続きとしてそうなっているということです。売り手としては、動き得ることを前提に、動く幅を小さくする備えをしておくのが実務的な姿勢になります。

価格が動く典型的な原因

デューデリジェンスの結果、価格の見直しにつながりやすいのは次のような事項です。

  • 未払い残業代など、労務に関する潜在的な債務
  • 退職給付の引当不足、賞与引当の未計上
  • 回収の見込みが薄い売掛金、滞留在庫の評価
  • 実態のない資産(遊休設備、ゴルフ会員権、保険積立金の評価差)
  • 係争・クレーム・行政指導など、開示されていなかった事案
  • 主要取引先の契約にあるチェンジオブコントロール条項
  • 許認可・法令対応の不備
  • 社長個人と会社の資金や資産が混在している状態

このうち最も頻度が高いのは、労務関係です。労働時間の管理方法や割増賃金の計算に問題があると、過去にさかのぼった負担が見込まれます。詳しくは「労務デューデリジェンスとは|未払い残業代・社会保険の論点」をご覧ください。

金額に直接表れない事項でも、条件に影響することがあります。たとえば主要取引先の契約にチェンジオブコントロール条項があれば、取引継続の同意取得がクロージングの条件になることがあります(「チェンジオブコントロール(COC)条項とは」)。

価格以外にも、条件は動く

変更されるのは価格だけではありません。むしろ、価格を据え置いたまま、他の条件で調整するという形が取られることも多くあります。

一つは、表明保証と補償の設計です。懸念のある事項について、売り手が特別に保証する条項(特別補償)を入れる、補償の上限額や期間を厳しくする、といった調整が行われます(「表明保証とは」)。

二つ目は、支払いの方法です。対価の一部をクロージング後に留保する、一定期間の業績に連動させる(アーンアウト)といった形で、リスクの分担が変わることがあります(「アーンアウト条項とは」)。

三つ目は、クロージングの前提条件です。取引先の同意取得、許認可の取得、特定の債務の解消などを、クロージングまでに完了する条件として加える形です。これは価格に影響しない一方、売り手の作業負担が増えます(「クロージング条件を満たす作業|売り手側の準備」)。

四つ目は、社長の関与期間です。引き継ぎに時間がかかると判断された場合、当初より長い関与を求められることがあります。

条件変更を申し入れられたときの対応

減額や条件の変更を求められたとき、感情的に受け止めてしまうのは自然なことです。しかし、実務的には次の三段階で対応します。

第一に、根拠を確認します。何がどのように前提と違ったのか、その影響額はどう計算されたのかを、具体的に示してもらいます。「調査の結果を踏まえて」という漠然とした説明では議論になりません。基本合意書に算定の前提を書いておく意味は、ここにあります。

第二に、その指摘が妥当かを検証します。買い手の見積もりが保守的すぎることもありますし、すでに対応済みの事項が二重に計上されていることもあります。売り手側でも、顧問税理士や弁護士に確認を依頼する価値があります。

第三に、価格以外での解決を探ります。指摘された事項を売り手がクロージング前に解消する、特別補償で対応する、対価の一部を留保して条件が満たされたら支払う。こうした代替案によって、減額の幅を抑えられることがあります。最終局面の詰め方は「最終契約前の詰め|残された論点をどう整理するか」をご覧ください。

※ 条件変更の妥当性や契約条項の設計は、法務・税務の専門的な判断を伴います。対応にあたっては弁護士・税理士等の専門家にご確認ください。

動きを小さくするための事前の備え

最も効果があるのは、基本合意の前に自社の懸念を洗い出し、開示しておくことです。開示済みの事項は、買い手が条件に織り込んだうえで基本合意に臨みますから、後から蒸し返される余地が小さくなります。逆に、伏せていた事項が調査で出てくると、その金額以上に交渉全体の信頼を損ないます。

次に有効なのが、指摘されそうな事項を先に整えることです。労務管理の見直し、名義株の整理、社長個人との貸借の解消、株主名簿の更新。準備の期間が取れるのであれば、これらを済ませてから案件化するという選択もあります。整備の観点は「社内規程・契約書が未整備の会社」や「名義株とは」にまとめています。

三つ目は、基本合意書の書き方です。価格の算定前提を明記しておけば、変更の議論を「前提のどこが崩れたか」に限定できます。前提を書かずに金額だけを合意すると、どこまでも見直しの余地が生まれます。項目の選び方は「基本合意書に入れておきたい項目」をご覧ください。

なお、基本合意の時点で費用が発生する点も、あらためてご確認ください。当社では成功報酬額の10%を中間金としてお預かりし、成約時の成功報酬から全額を差し引きますが、基本合意後に不成立となった場合、中間金の返金はいたしません。条件が折り合わずに破談となる可能性も含めて、進むかどうかをご判断いただくことになります。破談の局面については「破談になる場合|どの段階で何が起きるか」で扱っています。

まとめ|動くことを前提に、幅を管理する

基本合意の条件は、デューデリジェンスの結果によって動き得ます。これは手続きに織り込まれた前提であり、避けられるものではありません。動く原因の多くは、労務、資産の評価、開示されていなかった事案、契約上の制約に集中しています。

変更を申し入れられたら、根拠を確認し、妥当性を検証し、価格以外での解決を探るという順序で対応します。感情的に応じるのでも、無条件に受け入れるのでもなく、材料を並べて交渉することが大切です。

そして最大の備えは、事前の開示と整備です。懸念を先に出し、直せるものは直しておく。そのうえで基本合意書に算定の前提を書き残しておけば、動く幅は確実に小さくなります。当社では、案件化の前の論点整理から、デューデリジェンス後の交渉まで一貫してお手伝いしています。

よくあるご質問

A.価格に法的拘束力を持たせないのが通例であるため、デューデリジェンスの結果によって見直しが提案されることはあります。ただし根拠のない引き下げに応じる必要はありません。何がどう前提と違ったのか、影響額の計算根拠を示してもらったうえで検証します。
A.価格以外での調整(特別補償、対価の一部留保、クロージング条件の追加など)で折り合うことも多くあります。それでも合意に至らなければ破談となり、独占交渉期間の満了後に他の候補を検討することになります。
A.当社では、基本合意後に不成立となった場合、中間金の返金はいたしません。成約に至った場合は、成功報酬から中間金の全額を差し引きます。基本合意に進むかどうかのご判断の前に、必ずご説明しています。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら