誰が相手と話すのか。決めておかないと、言っていることが食い違います。相手から見れば、どれが会社の意思か分かりません。設計の仕方を整理します。
なぜ一本化が要るのか
複数の人が別々に話すと、次のことが起こります。
条件が食い違う。社長が言った内容と、幹部が言った内容が違う。
情報の開示範囲がずれる。まだ出すべきでない情報を、別の人が出してしまう。
交渉の材料を失う。こちらの弱みを、意図せず伝えてしまう。
相手が使い分ける。都合の良い相手に話を持っていく。
とくに最後が危険です。「社長はこう言っていました」と、別の人に確認を取る。これで既成事実が作られます。
基本の体制
実務で標準的な形を示します。
仲介会社が窓口。日常のやり取り、資料の受け渡し、日程の調整、条件の伝達。
社長が判断。価格、条件、進めるかどうか。決めるのは株主である社長です。
顧問の士業が確認。税務は税理士、法務は弁護士。直接交渉には出ません。
社内の協力者が実務。資料の準備。相手とは話しません。
この4層を分けてください。役割が混ざると、責任の所在も不明確になります。
仲介会社を通す意味
直接話したほうが早いのではないか、と思われるかもしれません。実務上の理由があります。
言いにくいことを言える。「価格が低い」「この条件は受けられない」。直接言えば角が立ちます。
断りやすい。相手の提案を断るとき、間に入る者がいると関係が壊れにくい。
感情が入らない。当事者同士だと、言葉の選び方で険悪になります。
記録が残る。やり取りが第三者を経由するため、経緯が整理されます。
ただし、トップ面談は直接です。ここは人と人が会う場であり、間に入るものではありません。
社長が話すべき場面
窓口を一本化しても、社長が直接話す場面があります。
トップ面談。相手の経営者と会い、考え方を確認する。
重要な条件の最終判断。価格や雇用について、最後は当事者同士で確認することがあります。
従業員と取引先への説明。これは社長の仕事です。
金融機関への説明。
逆に、日常の条件交渉に社長が直接入ると、引くに引けなくなります。その場で判断を求められ、断りにくい状況が生まれます。
「持ち帰る」余地を残すために、間を置いてください。
社内で知る人の範囲
窓口とは別に、誰が知っているかを管理してください。
初期は、社長と、資料を準備できる人1〜2名。
デューデリジェンスの段階で、質問に答えられる人が加わります。経理、総務、現場の責任者。
加わるたびに、範囲を記録してください。誰が、いつから、何を知っているか。
情報が漏れたとき、経路を追えます。
そして、知る人を増やす判断は、社長が行ってください。現場の判断で「あの人にも聞いておこう」と広がるのが、最も多い漏洩の形です。
顧問の士業の位置づけ
役割を明確にしてください。
顧問税理士。決算書の説明、税務の論点、株価の算定。買い手からの質問に答える場面があります。
弁護士。契約書のレビュー、法務の論点。
社会保険労務士。労務の論点。
これらの方々が直接、相手と条件交渉をすることは通常ありません。
ただし、デューデリジェンスでは直接やり取りが生じます。税理士と買い手の会計士、弁護士同士。
この場合も、条件に関わる話は窓口に戻してください。「その点は、仲介を通じてご相談します」。
相手側の窓口も確認する
こちらだけでなく、相手の体制も確認してください。
誰が窓口か。担当者の名前と役職。
誰が決めるのか。その担当者に決裁権があるのか、上長の承認が要るのか。
社内の手続きはどうなっているか。取締役会の頻度、稟議の期間。
これが分かると、日程が読めます。
逆に、複数の人から別々に連絡が来る場合は、窓口の一本化を申し入れてください。「ご連絡は◯◯様にお願いできますか」。
社長が動けない場合に備える
見落とされやすい備えです。交渉の途中で、社長が判断できなくなったら。
入院、事故、体調不良。数か月にわたる交渉では、起こり得ます。
備えとしては、誰が代わりに判断するかを決めておくことです。配偶者、後継候補、あるいは信頼する幹部。
そして、その人に、これまでの経緯を共有しておく。
法的な備えとしては、委任状や、場合によっては任意後見契約といった手段もあります。弁護士にご相談ください。
「自分に何かあったら、この案件はどうなるか」——一度、考えてみてください。
記録を一箇所にまとめる
最後に、実務の工夫です。
やり取りの記録を、一箇所にまとめてください。
議事録、メール、送った資料、受け取った資料、合意事項の一覧。
保管場所は、社長個人がアクセスできる、限定された場所に。共有フォルダは避けてください。
そして、ファイル名に日付を入れる。後から時系列が追えます。
この記録は、交渉中だけでなく、成約後も使います。表明保証の内容、引き継ぎの約束、補償の範囲。数年にわたって参照することになります。