契約書が無い、議事録が無い、記録が残っていない。中小企業では珍しくありません。「無い」とどう伝え、どう受け止められるかを整理します。
無いことを、無いと言う
最初に、原則を確認します。存在しない資料について、あるかのように振る舞わないでください。
「探しています」と言い続けて出てこない、というのが最も心証を損ないます。買い手は待ち続け、日程が延びます。
正しい対応は、早い段階で「存在しません」と伝えることです。
そして、なぜ無いのかを説明する。作成していなかった、紛失した、保存期間が過ぎて廃棄した。
理由が説明できれば、無いこと自体は受け入れられます。
無い理由を分けて考える
買い手の受け取り方は、理由によって変わります。
そもそも作成していなかった。議事録、就業規則、稟議書。管理体制の問題として見られます。
口頭で取り決めていた。取引条件、賃貸借。法的な根拠の不在として見られます。
保存期間の経過により廃棄した。これは正当です。法定の保存期間を示せば、問題ありません。
紛失した。いつ、どういう状況で。管理の問題として見られます。
③は説明で解決します。①②④は、それ自体が指摘事項になります。
代わりになる資料を探す
原本が無くても、事実を裏付ける資料があることがあります。
契約書が無い取引。注文書、請書、見積書、請求書、納品書。これらで取引条件が分かります。
議事録が無い決議。登記事項証明書、当時の司法書士の記録、税理士の資料。
賃貸借契約が無い。賃料の支払い記録、固定資産税の負担の記録。
従業員の労働条件。給与台帳、賃金台帳、実際の支給実績。
「原本は無いが、こういう資料で確認できます」と示してください。代替資料の提示は、誠実な対応として評価されます。
相手先に問い合わせる
取引先との契約書が無い場合、相手が持っていることがあります。
双方が1通ずつ保管しているはずなので、相手に写しを求めるという方法があります。
ただし、問い合わせの理由をどう説明するかが問題です。「M&Aのため」とは言えません。
実務では、「社内の書類を整理している」「管理体制を見直している」という説明が使われます。
不自然にならない範囲で。すべての取引先に一斉に問い合わせると、何かあると勘繰られます。
主要な取引先に絞って、順次行ってください。
作れるものは作る
今から作成できるものがあります。
賃貸借契約書。相手方の合意があれば、今から結べます。オーナー所有の物件なら、すぐできます。
取引基本契約書。相手方との合意が要りますが、不自然ではありません。
就業規則。作成し、労働基準監督署に届け出る。
株主名簿。現在の状況を反映したものを作る。
固定資産台帳。現物を確認して整備する。
ただし、過去の日付で議事録を作るといった対応は、慎重であるべきです。事実と異なる文書の作成は別の問題を生みます。弁護士にご確認ください。
不存在リストを作る
実務的な整理の方法です。無い資料を一覧にしてください。
列は、資料名 / 無い理由 / 代替資料 / 今後の対応。
これを買い手に渡すと、把握していることが伝わります。
逆に、質問されるたびに「それも無い」と答えるのは、最も印象が悪い。「まだ他にもあるのでは」という疑いを招きます。
先に出してください。「ご指摘の前に、現状を整理しました」という姿勢は、信頼につながります。
把握していないことが、無いことより問題視されます。
契約でどう受け止めるか
資料の不存在は、表明保証に影響します。
「すべての重要な契約は開示されている」という表明を求められたとき、書面の無い取引があれば、そのまま表明できません。
対応は、例外として明示することです。「ただし、別紙に記載した取引については、書面による契約が存在しない」。
開示したものは、補償の対象から外れるのが通常です。
逆に、開示せずに包括的な表明をすると、後から補償を請求される可能性があります。
正直に開示することが、結果として自分を守ります。
買い手にとっての意味
買い手の立場を理解しておいてください。
資料が無いこと自体より、何が分からないのかが問題です。
契約書が無い取引は、条件が変更される可能性があります。議事録が無い決議は、効力が争われる可能性があります。
したがって、「無いことで、どういうリスクがあるか」を一緒に整理してください。
「この取引は口頭ですが、20年続いており、条件は毎年同じです」——こうした説明が、リスクの評価を変えます。
無いことを認めたうえで、実態を説明する。これが最も有効です。
今後のために整備する
最後に、前向きな整理です。
今回の案件がまとまってもまとまらなくても、資料の整備は会社のためになります。
優先順位をつけるなら、法令で作成が義務づけられているものから。就業規則、労働者名簿、賃金台帳、株主名簿、議事録。
次に、金額の大きい取引の契約書。
そして、今後は必ず書面にする運用にしてください。新しい取引、重要な決定。
「これまで無かった」ことは変えられませんが、「これから作る」ことはできます。口約束の取引を契約書にするもご覧ください。