美容・理容は、施設数が増え続けながら、倒産件数も過去最多を更新しているという、他業種にはあまり見られない状態にあります。独立の障壁が低いために新規開業が絶えず、その結果として競争が激化し、経営体力の乏しい店から淘汰されていく——この循環が、いま速度を上げています。本稿では、公表統計で現在地を確認し、経営環境と、サロンの事業承継で論点になる点を整理します。
業界の現在地|美容所は増加、理容所は減少
厚生労働省「令和6年度衛生行政報告例」によれば、理容所数は10万7,995件で前年度から2,302件(2.1%)の減少、美容所数は27万7,752件で前年度から3,682件(1.3%)の増加とされています。理容所数は令和元年度に12万件を割り込み、その後の数年で10万件台にまで減少しました。
美容所が増え、理容所が減るという傾向は長く続いています。背景には、理容室の主要顧客層である男性の来店頻度の変化、低価格カット専門店の普及、そして理容師のなり手の減少があります。一方、美容所の増加は、1人または少人数での独立開業がしやすいこと、面貸し(シェアサロン)やフリーランス美容師という働き方が広がったことを反映しています。
ただし、施設数の増加は業界の好調を意味しません。帝国データバンクの調査によれば、2025年の美容室の倒産件数は235件で、前年の215件を上回り、2年連続で過去最多を更新したとされています。倒産した美容室のうち9割超が資本金1,000万円未満の小規模経営で、設立から10年未満の倒産が49.0%と約半数を占め、2008年以降で最高の割合になったとされています。設立から倒産までの平均期間は13.0年で、前年の14.1年を下回り、2020年以降で最も短くなったとされています。
店舗は増え、同時に短命化している——これが、いまのサロン業界の姿です。
競争環境|価格帯と業態の細分化
サロンの競争は、単純な店舗数の増加だけでなく、業態の細分化という形でも進んでいます。
- 低価格カット専門店(短時間・低単価・高回転)
- 一般的なフルサービスの美容室
- 特定の施術に特化した専門店(縮毛矯正、ヘッドスパ、白髪染めなど)
- マンツーマン・完全予約制の個人サロン
- 面貸し・シェアサロン(場所と設備を貸す形態)
- まつ毛・ネイル・エステとの複合店
この細分化により、顧客は目的に応じて店を使い分けるようになりました。結果として、どの層にも中途半端な立ち位置の店は、選ばれる理由を失いやすくなっています。
帝国データバンクの調査でも、大手チェーンや低価格カット専門店、新規開業による競争激化に加え、コスト高と人手不足が重なり、経営体力に乏しい小規模サロンの淘汰が相次いでいるとされています。
価格転嫁も課題です。中小企業庁「価格交渉促進月間(2025年9月)フォローアップ調査」(2025年11月公表)では、価格転嫁率は53.5%とされています。サロンの場合、材料費だけでなく人件費の上昇分を施術料金に反映できるかどうかが問われますが、近隣との比較にさらされる業種であるため、値上げの判断は容易ではありません。
最大の課題|美容師の確保と定着
サロン経営で最も深刻な課題は、人です。
美容師は国家資格であり、養成施設での学習と試験を経て取得します。免許を持つ人が一定数いても、サロンで働き続ける人がその全員ではありません。技術習得までの期間の長さ、労働時間、そして独立志向——これらが定着率に影響しています。
人件費については、厚生労働省の公表によれば令和7年度の地域別最低賃金は全国加重平均で1,121円となり、前年度から66円の引上げで、初めて全都道府県で1,000円を超えました。令和8年度も、目安どおりに改定されれば全国加重平均は1,176円になるとされています。アシスタントを抱えて育成する従来型のサロンでは、この上昇は育成コストの増加として現れます。
加えて、独立や業務委託への移行が進んだことで、育てたスタイリストが顧客とともに離れるという事態も起こり得ます。この「人と顧客が同時に動く」構造が、サロンの事業価値を評価しにくくしている最大の理由です。
美容師法・理容師法に基づく開設の届出、管理美容師・管理理容師の設置、施設の衛生措置に関する要件は、店舗の規模と自治体の運用によって異なります。詳細は所管の保健所および専門家にご確認ください。
事業承継の観点|サロンで何が論点になるか
帝国データバンクの2025年調査では、国内企業の後継者不在率は50.1%とされています。サロン業界では、複数店舗を展開する事業者の経営者が引退の時期を迎えるケースと、個人サロンの店主が高齢化するケースの両方が見られます。
承継を検討する際に整理しておきたい点は次のとおりです。
- 店舗別の売上・技術売上と店販売上の比率・原価率・人件費率
- スタイリスト別の売上と、指名客の分布(特定の1人への集中度)
- 顧客管理の状況(リピート率、来店周期、顧客名簿の整備)
- スタッフの雇用形態(正社員・業務委託・面貸しの別)と契約内容
- 美容所・理容所の開設届の状況、管理美容師・管理理容師の設置
- 店舗の賃貸借契約(残存期間、更新条件、造作の扱い)
- 設備(シャンプー台、セット面、給排水)の設置年と更新見込
とくに「指名客の集中度」は、この業種の企業価値を左右する最重要の論点です。売上が特定のスタイリストに大きく依存している場合、その方が退けば売上は失われます。買い手はここを必ず確認しますので、あらかじめ分散の状況を把握し、説明できるようにしておくことが有効です。
顧客基盤の説明のしかたについては「顧客基盤の価値をどう説明するか|取引先の集中度とストック性」もご参照ください。
M&Aで引き継ぐときに整理しておきたいこと
サロンの譲渡では、規模と法人格の有無によって現実的なスキームが変わります。
法人で複数店舗を運営している場合は株式譲渡が中心となり、法人が存続するため開設の届出、賃貸借契約、雇用は一般に維持されます(管理美容師や開設者の変更に伴う届出が必要になる場合があります)。個人事業や1店舗のみの場合は事業譲渡が選択されることが多く、その場合は開設届の提出、賃貸借契約の名義変更(貸主の承諾)、造作の譲渡が個別に必要になります。
そのほか、一般に確認される事項を挙げます。
- 業務委託契約でスタッフを置いている場合、その契約内容と実態(指揮命令関係の有無)
- 面貸しを行っている場合の契約と、衛生管理上の責任の所在
- 顧客データの取り扱い(個人情報保護法上の整理)
- SNSアカウント・予約サイトのアカウントと、その引き継ぎ
- 労務管理(練習時間の取り扱い、歩合給の計算、未払残業の有無)
- 屋号の商標登録の有無と名義
とくに業務委託の実態と、練習時間の労働時間該当性は、デューデリジェンスで指摘されやすい領域です。事前に点検し、必要であれば是正しておくことが、結果として価格を守ることにつながります。
まとめ|人と顧客が結びついている事業だからこそ
美容所は27万7,752施設で増加、理容所は10万7,995施設で減少(厚生労働省「令和6年度衛生行政報告例」)。一方、美容室の倒産は235件で2年連続の過去最多、設立10年未満の倒産が49.0%(帝国データバンク、2025年)。開業も廃業も多いという、入れ替わりの激しい市場です。
この業種で承継を成功させる鍵は、人と顧客の結びつきを、可能な範囲で仕組みに置き換えておくことです。顧客名簿が整い、指名が分散し、技術の教育に手順がある——この状態であれば、店主が交代しても事業は続きます。
複数店舗の整理を考えている、体力があるうちに次の担い手を探したい——そうしたご相談も承っています。当社プラチナパートナーズは、成功報酬型のもと、守秘義務を徹底して対応いたします。料金体系もあわせてご確認ください。
本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。制度・統計の解釈や個別の適用については、必ず所管官庁および専門家にご確認ください。