人材派遣業は、労働者派遣法という強い規制のもとで営まれる事業です。許可の要件、派遣期間の制限、同一労働同一賃金への対応——これらの制度が経営の形をほぼ決めています。本稿では、厚生労働省が毎年公表している事業報告書の集計結果をもとに業界の現在地を確認し、事業承継の観点でどこが論点になるのかを整理します。
統計でみる現在地|売上高は9兆9,005億円
厚生労働省「令和6年度 労働者派遣事業報告書の集計結果(速報)」(令和8年3月31日公表)によると、令和6年度の派遣労働者数は約220万人で、対前年度比3.9%の増加でした。派遣先件数は約86万件(同7.9%増)、年間売上高は9兆9,005億円(同9.4%増)です。
単価に関する数字も公表されています。派遣料金(8時間換算)の平均は26,257円で対前年度比3.6%の増加、派遣労働者の賃金(8時間換算)の平均は16,735円で同3.4%の増加でした。なお、派遣料金は消費税を含む額として報告されている点に注意が必要です。
売上高が9.4%増と二桁近い伸びを示している一方、派遣料金の上昇は3.6%にとどまります。つまり、売上の伸びの主因は単価ではなく、派遣人数と派遣先件数の増加にあるということです。
労働市場全体をみると、厚生労働省「一般職業紹介状況」の令和8年7月分で有効求人倍率(季節調整値)は1.18倍、正社員有効求人倍率は1.00倍でした。企業が直接雇用で人を集めきれない状況が続いていることが、派遣需要の底堅さにつながっていると考えられます。
無期雇用派遣の増加が示すもの
同じ集計結果を内訳でみると、業界の構造変化が浮かび上がります。令和6年度の無期雇用派遣労働者は908,956人で対前年度比7.9%の増加、有期雇用派遣労働者は1,290,683人で同1.3%の増加でした。
無期雇用の伸び率が有期雇用の6倍以上という差は小さくありません。派遣元が派遣労働者を無期雇用で抱えるということは、派遣先が決まっていない期間も賃金を支払うということです。それでも無期雇用が増えているのは、人材を確保しておくこと自体の価値が高まっているためと考えられます。
無期雇用派遣の増加は、派遣元の経営構造も変えます。有期雇用が中心であれば、稼働がなければ人件費も発生しません。しかし無期雇用の比率が高まると、稼働率の低下がそのまま損失につながります。安定性と引き換えに、経営の難易度は上がるということです。
この構造は、事業を引き継ぐ側の見方にも影響します。無期雇用派遣スタッフを多く抱える会社は、人材という資産を持っている一方で、稼働を維持できる営業力とセットでなければ価値が実現しません。
同一労働同一賃金と、賃金水準の実務
労働者派遣法は、派遣労働者の待遇について、派遣先の労働者との均等・均衡待遇を図る方式(派遣先均等・均衡方式)か、一定の要件を満たす労使協定による方式(労使協定方式)のいずれかを派遣元に求めています。実務上は労使協定方式を採用する派遣元が多いとされています。
労使協定方式では、賃金の水準を、厚生労働省が職業安定業務統計や賃金構造基本統計調査に基づいて毎年示す一般労働者の賃金水準(いわゆる局長通達)と同等以上にすることが求められます。この水準は毎年見直されるため、派遣元は毎年、賃金テーブルの改定と労使協定の締結を繰り返すことになります。
これは、派遣元にとって構造的なコスト圧力です。一般労働者の賃金水準が上がれば、派遣労働者の賃金も引き上げなければなりません。その分を派遣料金に転嫁できるかどうかが、収益を左右します。前述のとおり、令和6年度の派遣料金は3.6%増、派遣労働者の賃金は3.4%増でしたから、全体としては概ね連動していると読めます。
ただし、これは全国平均の話です。派遣先との交渉力が弱い派遣元では、賃金の引上げ分を料金に転嫁しきれず、利幅が圧縮されている可能性があります。個社の状況は、料金と賃金の推移を並べて確認する必要があります。
労使協定方式の要件、賃金水準の算定方法、労使協定に記載すべき事項は、労働者派遣法および厚生労働省の通達によります。個別の対応については必ず所管の労働局および専門家にご確認ください。
許可制のもとでの経営|要件と更新
労働者派遣事業は許可制です。許可を受けるには、資産や現預金に関する財産的基礎の要件、派遣元責任者の選任、キャリア形成支援制度の整備など、複数の要件を満たす必要があります。許可には有効期間があり、更新の手続も必要です。
この許可制が、業界の再編を促す要因のひとつになっています。財産的基礎の要件を満たし続けること、キャリアコンサルティングや教育訓練の体制を整えること、そして毎年の事業報告書を提出することは、小規模な事業者にとって相応の負担だからです。
M&Aの観点でいえば、許可の取り扱いはスキームによって大きく変わります。一般に、株式譲渡では法人が受けている許可がそのまま維持されるのに対し、事業譲渡では譲受側が自ら許可を有していることが前提になるのが通常です。許可を持たない買い手が事業譲渡で参入しようとすれば、許可取得に要する期間を織り込んだスケジュールが必要になります。
この違いについては許認可事業のM&Aの記事で整理していますので、あわせてご確認ください。
事業承継の観点で何が論点になるか
帝国データバンクの2025年の調査では、国内企業の後継者不在率は50.1%とされています。人材派遣業は参入から一定の年数が経った事業者が多く、創業者が承継を考える時期に入っている会社が増えています。
承継を検討される際に整理しておきたいのは、次のような点です。
- 労働者派遣事業の許可の有効期間と、更新の時期
- 財産的基礎の要件の充足状況
- 派遣スタッフの人数、無期雇用と有期雇用の内訳、稼働率
- 派遣先の構成(上位数社への依存度)と、取引年数
- 労使協定方式か派遣先均等・均衡方式か、協定の内容と更新状況
- 派遣期間制限(事業所単位・個人単位)への対応状況
- 社会保険の加入状況と、未払賃金・割増賃金の有無
- 内勤の営業・コーディネーターの人数と勤続年数
とりわけ労務管理の適正さは、デューデリジェンスで最も丁寧に確認される領域です。確認される項目は労務デューデリジェンスの記事で整理しています。派遣元は多数の労働者を雇用する立場にあるため、割増賃金の計算や社会保険の適用に誤りがあれば、それが潜在的な債務として評価に影響します。事前に点検し、必要であれば是正しておくことが、結果として価格を守ることにつながります。
また、派遣先の集中度も重要です。売上の大半を1社に依存している場合、その1社との関係が承継後も続くかどうかが交渉の中心になります。
まとめ|許可と人が生きているうちに
人材派遣業界の現在地を統計で確認すると、令和6年度の派遣労働者数は約220万人(前年度比3.9%増)、年間売上高は9兆9,005億円(同9.4%増)と拡大が続いています。無期雇用派遣が7.9%増と伸びる一方、賃金と料金の引上げが同時に進むという構造にあります。
許可制のもとで、財産的基礎の維持、労使協定の毎年の締結、教育訓練の実施といった制度対応が求められ続けます。この負担を単独で背負い続けるより、体制の整った事業者と組むという判断は、業界の構造から自然に生じるものです。
許可が有効で、スタッフが稼働し、派遣先との取引が続いているうちであれば、事業を引き継ぐ価値は明確です。当社プラチナパートナーズは、成功報酬型のもと、人材サービス事業を含む中小企業の事業承継・会社売却をご支援しています。
本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。