貸借対照表に載っている資産が、本当にそこにあるとは限りません。中小企業の買収では、在庫と固定資産の実在性が価格を左右する論点になることがしばしばあります。数字の上では純資産が厚く見えても、現物を確かめると売れない在庫や使えない設備が混ざっていた——という事態は珍しくないのです。本稿では、在庫と固定資産をどう確かめるか、差が出たときにどう手当てするかを整理します。

なぜ在庫と固定資産が論点になるのか

理由は三つあります。第一に、金額が大きくなりやすいからです。製造業や卸売業では在庫が資産の大きな部分を占め、不動産や機械を持つ会社では固定資産が同様です。ここが一割動けば、純資産は大きく変わります。

第二に、評価に主観が入りやすいからです。現金や預金は残高証明で一意に決まりますが、在庫は「まだ売れる」と見るか「もう売れない」と見るかで金額が変わります。固定資産も、帳簿価額と実際の売却可能額が乖離していることがよくあります。

第三に、中小企業では実地棚卸や現物管理の運用が、必ずしも厳密でないことがあるからです。決算のたびに概算で数えている、固定資産台帳が何年も更新されていない——こうした状況は、悪意ではなく人手の問題として起きます。だからこそ、買い手が自分の目で確かめる価値があります。

なお、純資産を基準に価格を組み立てた案件ほど、この論点の重みは増します。逆に、収益力を基準に価格を出したのであれば、資産の評価差よりも、その在庫や設備が収益を生み続けられるかのほうが重要になります。何を検証すべきかは、価格の組み立て方が決めます。

在庫の実在性|数量・所在・状態を分けて見る

在庫の確認は、三つの問いに分けると整理しやすくなります。「その数量はあるか」「どこにあるか」「使える状態か」です。

数量は、帳簿(在庫表)と現物の突き合わせで確かめます。全品を数えるのは現実的でないことが多いため、金額の大きい品目や、動きの少ない品目を抽出して確認するのが通常です。抽出した範囲で大きな差が出た場合は、範囲を広げる判断になります。

所在は見落とされがちな論点です。自社倉庫だけでなく、外部倉庫、仕入先、加工委託先、販売店の店頭など、社外に置かれた在庫が帳簿に載っていることがあります。逆に、預かり品や委託販売品のように、自社の倉庫にあっても自社の資産ではないものも存在します。所在と所有を混同すると、二重に数えたり、他人の資産を買ったことにしてしまったりします。

状態は現物を見なければ分かりません。梱包の日焼け、錆、変色、賞味期限や使用期限、旧型番。これらは在庫表の数字には出てきません。現地調査のときに、倉庫の奥の棚を見せてもらうだけでも、相当のことが分かります。

在庫の評価|滞留と陳腐化をどう見積もるか

実在性が確認できても、次に「いくらで評価すべきか」という問題が残ります。中小企業では、過去に仕入れた在庫が取得原価のまま残っていることが少なくありません。実際には値引きしなければ売れない、あるいは廃棄しかない在庫が、簿価のまま資産計上されているわけです。

判断の手がかりになるのは、品目ごとの出入りの履歴です。直近一年でまったく動いていない品目、入庫日から長期間が経過している品目を抽出し、それぞれについて「今後売れる見込みがあるか」を売り手に確認します。売れる見込みがあるなら、どの取引先にいくらで、という具体性まで聞いておくと、判断の精度が上がります。

業種によって滞留の意味は変わります。受注生産の部品や、長期保存が前提の資材であれば、動きがないこと自体は異常ではありません。一方、流行や型番の入れ替わりが速い商材では、一年動いていない在庫の価値は大きく下がります。一律の基準ではなく、その事業の常識に照らして判断することが大切です。

評価差が出た場合、それは実態純資産の修正として価格の議論に載ります。ただし、会計上の評価と税務上の損金算入の取扱いは別ですので、買収後に評価損を計上する場合の税務上の扱いについては、税理士にご確認ください。

固定資産の実在性|台帳と現物を突き合わせる

固定資産台帳を出してもらい、金額の大きいものから現物を確認します。よくあるのは、すでに廃棄・売却したのに台帳から落ちていない資産、逆に現場で使っているのに台帳に載っていない資産です。前者は資産の過大計上、後者は簿外資産であり、どちらも実態を正しく映していません。

車両であれば、車検証と台数を照合します。不動産であれば、登記事項証明書で所有者と担保設定を確認します。担保が付いている場合、その被担保債権が何で、買収後にどう扱われるのかは、必ず確認すべき事項です。金融機関との調整が必要になる場合もあります。

リース資産にも注意が要ります。現場で使っている設備が自社所有なのかリースなのかは、外から見ても分かりません。リースであれば、契約の残期間、中途解約の条項、支配権が変わった場合の取扱いを確認します。契約によっては、株主が変わることが解約事由になっていることもあります。

遊休資産の扱いも論点です。使っていない不動産や設備は、買収後に維持費や固定資産税、処分費用を生みます。一方で、売却できる資産であれば、買収後の資金に充てられる可能性もあります。どちらの性格なのかを、現物を見たうえで判断します。

差異が見つかったときの手当て

帳簿と現物に差が出たとき、対応の選択肢は概ね次のとおりです。

  • 価格に反映する——実態純資産を修正し、譲渡価格を引き直す
  • クロージング前提条件にする——決済までに廃棄・処分・台帳の整理を完了してもらう
  • 表明保証で受ける——資産が帳簿のとおり存在することを売り手に表明・保証させ、違反時の補償を定める
  • 特別補償を定める——判明した個別の差異について、金額と期間を区切って補償を約束させる

金額が確定していて、発生がほぼ確実なもの(廃棄すべき在庫、存在しない資産)は価格に織り込むのが素直です。逆に、見ていない範囲に同種の差がある可能性を手当てしたいのであれば、表明保証が向いています。実務の考え方は「DDで問題が見つかったとき|価格調整・補償・撤退の判断」でも整理しています。

伝え方も大切です。差異の指摘は、売り手にとっては「疑われている」と受け取られやすい話題です。中小企業では悪意ではなく管理上の事情で起きていることがほとんどですので、事実の確認として淡々と進め、原因の説明を求める姿勢が、関係を壊さない進め方になります。

なお、差異の規模があまりに大きい場合は、個別の資産の問題ではなく、決算そのものの信頼性に関わります。そのときは調査範囲を広げるか、撤退を含めて判断することになります。

まとめ|現物確認には買い手自身が立ち会う

在庫と固定資産の確認は、専門家に任せきりにせず、買い手自身が立ち会う価値の大きい作業です。同じ業界にいる買い手であれば、「この型番はもう使われていない」「この機械はあと何年もつ」といった判断が、報告書よりも早く正確にできます。外部の専門家は網羅性と手続きの正しさを担保し、買い手は事業としての意味を読む——この役割分担が機能すると、確認の質が上がります。

確認の結果は、価格だけでなく買収後の計画にも影響します。処分すべき在庫があるなら、いつどう処分するか。更新が必要な設備があるなら、いつ投資するか。これらは統合初期の資金繰りに直結しますので、DDの段階で見えていると、買収後の見通しが立てやすくなります。

本稿の内容は一般的な整理です。会計処理や税務上の取扱いについては、案件ごとに判断が分かれますので、必ず公認会計士・税理士等の専門家にご確認ください。

当社プラチナパートナーズでは、買い手企業様のDDスコープの設計、専門家のご紹介、現地確認の日程調整、発見事項を踏まえた条件交渉までご支援しています。ご相談は無料です。

よくあるご質問

A.売り手の同意が得られれば可能な場合があります。ただし従業員に検討を知られないよう、名目と人数、時間帯の調整が必要です。全品を数えることは現実的でないことが多いため、金額の大きい品目や動きの少ない品目を抽出して確認する方法が一般的です。抽出範囲で大きな差が出た場合は、確認範囲を広げる判断になります。
A.台帳の未整備は中小企業ではよく見られることで、それ自体が直ちに買収を見送る理由にはなりません。重要なのは、現物と突き合わせて実態を把握できるか、差異の原因が説明できるかです。整理が必要な場合は、決済までに台帳を整えることをクロージング前提条件として設定する方法もあります。
A.案件により異なります。純資産を基準に価格を組み立てた場合は、実態純資産の修正として価格の議論に載りやすくなります。収益力を基準にした場合は、その在庫が収益を生み続けられるかという観点が中心になります。いずれにせよ、会計・税務上の取扱いは専門家にご確認のうえ、契約条件として明文化しておくことをおすすめします。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら