利益を出すために、減価償却を見送った。中小企業では実際にある処理です。ただし、買い手は必ず引き直します。何が起きるのかを整理します。
なぜ償却しない決算があるのか
背景から整理します。
法人税法上、減価償却費は損金経理を要件として、限度額の範囲で損金に算入されるという構造になっています。つまり、計上しなければ、その分は損金にならないだけで、計上しないこと自体が直ちに違法というわけではありません。
そのため、赤字を避けたい、金融機関への見え方を良くしたいという理由で、償却を見送る会社があります。
これは税務上の選択ではありますが、会計上は、資産の価値が実態より高く残ることを意味します。
買い手は必ず引き直す
デューデリジェンスで、償却不足は確実に見つかります。
固定資産台帳と法人税申告書の別表十六を見れば、償却限度額と実際の償却額の差が分かります。
買い手は、本来の償却費を計上した場合の利益に引き直します。したがって、償却を見送って作った利益は、評価には反映されません。
むしろ、「利益を作っている会社」という印象を与えます。他の数字も疑われる方向に働きます。
純資産も引き直される
損益だけではありません。貸借対照表も調整されます。
償却不足の分だけ、固定資産が実態より大きく計上されていることになります。
純資産を基準に価格を考える場合、この分は減額されます。
数年にわたって償却を見送っていれば、累積額は大きくなります。設備の多い会社では、数千万円になることもあります。
「帳簿には資産がこれだけある」という前提で価格を考えないでください。実態で見られます。
設備の実態も見られる
数字だけでなく、現物が見られます。
帳簿に載っている設備が、実際に稼働しているか。使っていない機械が資産として残っていないか。
除却すべきものが残っているのも、よくある形です。廃棄したのに帳簿から落としていない、あるいは使わなくなった設備をそのまま計上している。
デューデリジェンスでは、固定資産台帳と現物の突合が行われます。
ここで差が出ると、管理の質を疑われます。数字の問題より、こちらのほうが印象に効きます。
譲渡前に整えるべきか
判断が分かれるところです。両方の考え方を示します。
整える場合。償却を正常に戻し、不要な資産を除却する。決算書が実態を表すようになります。ただし、その期は利益が減り、場合によっては赤字になります。
整えない場合。現状のまま開示し、調整表で説明する。買い手は調整して見るので、結果は同じという考え方です。
実務的には、1〜2期の余裕があるなら整えるほうをお勧めします。調整不要の決算書のほうが、説明が要らず、信頼も高い。
ただし、金融機関との関係には注意が必要です。赤字になることで借入の条件に影響が出ないか、事前に相談してください。
税務上の影響を確認する
償却を正常に戻す場合、税務上の扱いを確認してください。
過去に計上しなかった分を、今期にまとめて計上できるとは限りません。各期の償却限度額は、その期ごとに計算されます。
また、除却する場合の除却損の計上時期と要件も確認が要ります。実際に廃棄した事実が必要とされます。
ここは必ず税理士にご相談ください。「利益調整のために動かした」と見られる処理は、避けるべきです。
買い手にとっては伸びしろでもある
視点を変えます。償却不足があること自体は、事業の価値を下げません。
キャッシュフローは変わっていないからです。減価償却は現金の支出を伴わない費用であり、計上してもしなくても、手元の現金は同じです。
買い手が見ているのは、事業が生むキャッシュです。EBITDA(営業利益+減価償却費)で見れば、償却の有無は影響しません。
したがって、「償却していないから価値が低い」わけではありません。正しく引き直したうえで、事業の実力を見てもらえば足ります。
将来の設備投資を見られている
むしろ買い手が気にするのは、こちらです。設備が古くなっていないか。
償却が進んでいる(帳簿価額が小さい)設備は、使い込まれているということでもあります。
買収後に大規模な更新投資が必要なら、それは実質的な買収コストです。買い手は価格からその分を差し引こうとします。
したがって、設備の年齢と、直近の更新履歴、今後の更新計画を整理しておいてください。
「あと5年は問題なく使える」という説明を、根拠とともに示せると強い。点検記録や修繕履歴が資料になります。
正直に開示するのが最短
まとめます。償却不足は、隠せません。申告書の別表を見れば分かります。
したがって、最初から開示してください。「償却不足が累積で◯円あります。引き直した場合の営業利益は◯円です」。
この説明ができると、数字を理解している経営者という評価になります。逆に、指摘されてから慌てて説明すると、心証が悪くなります。
企業価値の交渉で効くのは、数字そのものより、数字を説明できることです。正常収益力の作り方も併せてご覧ください。