M&Aの後、譲り受けた会社の幹部をどう位置づけるかは、統合の初期に必ず直面する問題です。役職はそのままでよいのか、権限は変えるのか、買い手側から人を送るべきか。この判断を先送りすると、現場は誰の指示で動けばよいか分からなくなります。一方で、性急に組み替えると、組織を支えてきた人材が離れます。本稿では、幹部の役割を見直す際の手順と、降格と受け取られないための配慮を整理します。体制の置き方は「PMI体制のつくり方」もご参照ください。
役職名と実務が一致していないことが多い
中小企業では、役職名が実際の仕事の内容と対応していないことが珍しくありません。取締役という肩書きの方が現場の作業を担っている、部長という役職が一人しかいない部署に置かれている、逆に肩書きのない方が実質的に部門を回している——こうした状況はよく見られます。
したがって、幹部の役割を検討する前に、まず誰が実際に何をしているかを確認する作業が必要です。組織図と役職一覧だけを見て組み替えると、実務を担っている人を外し、名目上の役職者を残すという結果になりかねません。
確認の方法は、個別の面談と、日々の業務の観察です。「この判断は誰がしていますか」「これが止まったら誰に聞きますか」といった問いを繰り返すと、実際の役割分担が見えてきます。前経営者への聞き取りも有効ですが、経営者から見た評価と、現場での機能が一致しないこともあります。
この把握には数か月を要します。役職の組み替えを急がない理由のひとつは、実態の把握に時間がかかることにあります。
何を変え、何を変えないか
幹部の処遇には、いくつかの要素があります。これらを一体のものとして扱わず、分けて検討すると判断が整理されます。
| 要素 | 扱いの考え方 |
|---|---|
| 役職名 | 対外的な信用に関わるため、変更は慎重に。取引先との関係を確認する |
| 報酬 | 引き下げは労働条件・委任契約の変更に関わる。安易に手を付けない |
| 担当領域 | 実態に合わせて整理しやすい。本人と相談のうえ調整する |
| 決裁権限 | 統合の初期は範囲を明確化する。過度な引き上げは避ける |
| 報告先 | 新体制に合わせて早期に明示する |
初期に手を付けるべきは、下の二つです。報告先が不明確なままだと、組織は動きません。決裁権限も同様で、どこまで自分で決めてよいかが分からないと、幹部は判断を止めます。
一方、役職名と報酬は、急いで変える必要がないことがほとんどです。特に役職名は、取引先や金融機関との関係で意味を持っている場合があります。「専務」という肩書きで長年取引先と接してきた方の肩書きを変えると、相手方に無用の憶測を招くことがあります。
取締役の処遇をどう扱うか
譲り受けた会社に取締役が複数いる場合、その処遇は法的な手続きを伴う論点になります。取締役は従業員ではなく、会社との関係は委任契約です。任期、報酬の決定手続き、退任の方法など、労働者とは異なる取扱いになります。
実務でよく行われるのは、クロージング後の株主総会で役員構成を見直す方法です。買い手側から役員を派遣し、譲り受けた会社の役員の一部は退任、一部は継続する、といった形です。この際、退任する方への説明と、退任後の関わり方を同時に設計しておくことが重要です。
取締役を退任したうえで、従業員として、あるいは顧問として引き続き関わっていただく形もあります。この場合、報酬の性質や社会保険の扱いが変わるため、事前に整理が必要です。役員退職慰労金の支給を検討する場合も、手続きと税務上の取扱いを確認する必要があります。
いずれも個別の事情によって適切な設計が異なるため、弁護士・税理士等の専門家と進めてください。
降格と受け取られないための手順
担当領域の見直しは、本人にとっては降格と感じられることがあります。特に、これまで複数の領域を統括していた方の担当を絞る場合、その受け止めは避けにくくなります。
実務で有効なのは、次の三点です。
- 変更の理由を、本人の能力ではなく組織の設計として説明する——「規模が拡大するため、領域ごとに専任を置く」といった趣旨
- 本人と相談のうえ決める——通知ではなく、どの領域を担いたいかを聞いたうえで調整する
- 新しい役割の重要性を明確に述べる——範囲が狭くなっても、その領域の責任者であることを示す
特に二つ目が重要です。一人で複数領域を抱えてきた方の中には、実は特定の領域に集中したいと考えていた方も少なくありません。本人の希望を聞かずに決めると、その可能性に気づかないまま、一方的な処分として伝わります。
また、変更の時期にも配慮が要ります。統合の初期、まだ関係が築けていない段階での組み替えは、どのような説明をしても不信を招きます。少なくとも、日常的な対話が成立するようになってからにしてください。
買い手側から人を送る場合
買い手が自社の人材を送り込む場合、送る人選と、送り方の両方に判断が必要です。
人選では、業務の能力だけでなく、相手の話を聞ける人かどうかが決定的に重要です。買い手側のやり方を持ち込むことを使命と考える人を送ると、現場との摩擦が早期に生じます。統合の初期に必要なのは、指導ではなく理解です。
送り方については、役職を持たせるか、まずは実務の担当として入るかという選択があります。実務では、最初は管理部門の担当として入り、実態を把握してから役割を広げる形が摩擦が小さい傾向にあります。いきなり上位の役職で入ると、既存の幹部との関係が固定化しやすくなります。
また、送り込んだ人材が孤立しないよう、買い手側で相談先を用意しておくことも必要です。一人で乗り込んだ担当者が、現場と本社の板挟みになって疲弊する事例は少なくありません。定期的に状況を共有する場を設けてください。
なお、常駐させるか、定期的な訪問にとどめるかは、統合の内容によります。管理系の整備が中心であれば訪問でも進みますが、現場の運用を変える局面では常駐が必要になる場面が多くなります。
幹部を統合の推進側に置く
最後に、幹部の位置づけに関する実務上の要点を述べます。統合を円滑に進めたいのであれば、譲り受けた会社の幹部を統合される側ではなく、推進する側に置くことです。
具体的には、統合計画の作成に参加してもらう、領域ごとの担当として名前を載せる、定例会議で自分の領域を報告してもらう、といった形です。決められたことを実行する立場に置かれ続けると、当事者意識は生まれません。
この位置づけは、従業員から見た構図も変えます。統合の施策が「買い手から降ってきたもの」ではなく「自分たちの幹部が関わって決めたもの」になれば、受け入れられ方が変わります。現場への説明も、買い手側の担当者より、日頃から接している幹部が行うほうが伝わります。
もちろん、すべての幹部が協力的とは限りません。譲渡そのものに納得していない場合もあります。その場合でも、まずは役割と権限を明確にし、判断の材料を共有することから始めてください。情報を与えられない状態が続くと、協力的だった方も次第に距離を取るようになります。停滞したときの立て直しは「統合が止まったときの立て直し」で扱っています。