M&Aの仕事は、大きく2つに分かれます。相手を見つけるまでの工程と、相手が決まってから成立させるまでの工程です。後者をエグゼキューション(execution・実行)と呼ぶことがあります。
案件を獲る力と、案件を成立させる力は別です。相手を見つけられても、そこから先で止まる案件があります。
この工程で何を管理するのか、どこで止まるのかを整理します。読者は仲介・FAの実務者を想定しています。
この工程の中身
意向表明を受けてからクロージングまでに起きることを並べます。
- 条件の整理。価格、支払いの時期と方法、経営者の関与、従業員の処遇、不動産の扱い、保証の整理。
- 基本合意の締結。独占交渉期間、拘束力の範囲。
- 調査の設計と運営。範囲、専門家の手配、資料の授受、質問と回答の管理、現地の確認。
- 調査結果の整理。出てきた論点を、価格・補償・条件のどこで処理するかの切り分け。
- 最終契約の交渉。表明保証、補償、前提条件、誓約。
- クロージングの準備。資金、登記、名義、許認可、取引先の承諾。
- 当日の実行。入金の確認と書類の交付。
- 公表と説明。従業員、取引先、金融機関。
工程の数が多く、並行して進みます。したがって、個々の論点を解くより全体の進行を管理する力が問われます。
止まる原因は、だいたい5つ
案件が止まる原因は限られています。
1. 調査で想定外のものが出る。未払残業、簿外の債務、許認可の不備、株主の問題。これは正しい止まり方です。調査の意味があったということです。
2. 資金が手当てできない。買い手の融資が下りない。これは早い段階で確かめられるので、進行の設計で防げます。
3. 売り手の気が変わる。従業員への説明を考えて不安になる、家族に反対される、他の候補が気になる。
4. 条件の食い違いが解けない。価格だけでなく、経営者がいつまで残るか、従業員の処遇、不動産の扱い。
5. 時間がかかりすぎる。進まないうちに双方の熱が冷める。業績が変わって前提が崩れる。
5つのうち、2・3・5は進行の設計で減らせます。1は減らすべきものではなく、4は条件の組み立て方の問題です。
したがって、実務者が力を入れるべきは2・3・5を減らす設計になります。
日程を先に引く
最も効くのが、日程の設計です。
クロージングの日を先に決める。そこから逆算して、調査の期間、契約の交渉の期間、各手続きの期間を割り振ります。
逆算で見えるのは、いちばん長くかかる手続きです。許認可の承継、貸主の承諾、金融機関の審査、株主の整理。ここが日程の下限を決めます。
加えて、買い手の社内の決裁の日程を聞きます。取締役会や投資委員会がいつ開かれるのか。これに合わせないと、結論が1か月先になります。
日程を引いたら、双方に共有します。いつ何が決まるのかが見えると、売り手の不安が減ります。見えないまま数か月が過ぎると、3の原因(気が変わる)が起きやすくなります。
そして、遅れたときは早く伝えます。遅れることより、遅れを伝えないことのほうが信用を失います。
調査の質問を管理する
調査の期間は、実務の量がいちばん増えます。買い手側の専門家から質問が大量に来ます。
ここで必要なのが、質問と回答の管理です。
- 一覧にする。誰からの質問か、いつ来たか、誰が答えるか、回答の期限、状態。
- 窓口を1つにする。買い手の専門家が売り手の各部署に直接聞き始めると、回答が揃いません。
- 重複を消す。財務と税務から同じ質問が来ることがあります。
- 答えられない質問を区別する。資料が無い、記録していない、調べれば分かる、答えたくない。この4つは扱いが違います。
4つめがいちばん重要です。「記録していない」ことを「無い」と答えると、後で出てきたときに嘘になります。記録が無いなら、無いと答えます。
加えて、売り手の負担を見ます。経営者が全部の質問に答えていると、本業が止まります。社内で分担できるようにするか、仲介側で一次の整理を行います。
調査結果の切り分け
調査で出てきた論点を、どこで処理するかを切り分けます。これが実務の山場です。
価格で処理する。金額が確定しているもの。未払いの精算、設備の更新、滞納の解消。
補償で処理する。金額が確定していない、起きるかどうか分からないもの。訴訟の可能性、過去の処理に関する論点。
前提条件で処理する。クロージングまでに解消すべきもの。許認可の是正、株主の整理、個人資産の切り離し。
条件で処理する。キーパーソンの残留、取引先の承諾。
処理できないもの。買う理由が崩れた場合。これは止まります。
この切り分けを一覧にして双方に示すのが、実務者の役割です。買い手が「全部を価格から引く」と主張し、売り手が「どれも問題ない」と主張する状態では進みません。項目ごとにどこで処理するかを決めていく形にすると、話が動きます。
最後の2週間に集まるもの
クロージングの直前に、作業が集中します。
書類。株主総会・取締役会の議事録、株主名簿、印鑑証明、登記の書類、各種の承諾書。取り寄せに日数がかかるものがあります。
資金。買い手の融資の実行、振込の手配。
当日の段取り。場所、出席者、順序、入金の確認方法、書類の交付の順序。同時履行の形を文書で決めます。
公表の準備。従業員への説明の資料と順序、取引先への案内、金融機関への連絡。
ここで止まる原因は、書類の不備がいちばん多くなります。印鑑証明の有効期限、議事録の記載、株主名簿の記録。早めに一覧を作り、取り寄せを始めます。
そして、当日の順序を間違えないことです。入金を確認する前に書類を渡すと、回収できない事態が起こりえます。この1点は、どんなに相手を信頼していても崩さないのが実務の原則です。契約と手続きの判断は個別の事情で変わるため、弁護士・税理士と確認しながら進めてください。
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