許可は会社に、要件は人についている
許可や免許は法人に対して与えられます。したがって株式譲渡で株主が替わっても、法人格は変わらないため許可そのものは存続します。ここまでは多くの実務者が知っています。
問題はその先です。許可を受けるための条件のうち、いくつかは「人」で満たされています。建設業許可であれば、常勤役員等として経営を管理する体制と、営業所ごとの専任技術者。宅地建物取引業免許であれば、事務所ごとの専任の宅地建物取引士。これらの人が退任・退職すれば、要件を欠くことになります。会社は同じでも、要件を満たさなくなれば許可を維持できません。
承継の場面でこれが効いてくる理由は単純です。要件を満たしている人は、たいてい前オーナーか、その片腕にあたる古参の役員・社員だからです。オーナーが退任し、片腕が「社長が辞めるなら自分も」と続けば、許可の土台が同時に抜けます。買い手が本当に欲しかったのは許可が支えている事業であって、許可を失った後の会社ではありません。
だからこの論点は、法務の細目ではなく案件の成否そのものとして扱ってください。
代表的な人的要件と、その所管
業種ごとに名称も内容も異なりますが、実務でよく出会うものを挙げます。制度は改正されるため、必ず所管官庁が公表している最新の案内で確認してください。
| 業種 | 人で満たす主な要件 | 主な所管 |
|---|---|---|
| 建設業 | 経営を管理する常勤役員等の体制、営業所ごとの専任技術者 | 国土交通大臣または都道府県知事 |
| 宅地建物取引業 | 事務所ごとの専任の宅地建物取引士 | 国土交通大臣または都道府県知事 |
| 貨物自動車運送事業 | 運行管理者、整備管理者 | 国土交通省(地方運輸局) |
| 旅行業 | 営業所ごとの旅行業務取扱管理者 | 観光庁または都道府県 |
| 警備業 | 警備員指導教育責任者 | 都道府県公安委員会 |
| 薬局・医薬品販売 | 管理薬剤師など | 都道府県・保健所設置市 |
| 介護保険事業 | 管理者、サービス提供責任者など | 都道府県・市町村 |
| 労働者派遣・有料職業紹介 | 派遣元責任者、職業紹介責任者 | 厚生労働省(労働局) |
表を眺めると分かることがあります。要件者は「営業所ごと」「事務所ごと」に必要な場合が多いということです。本社に一人いればよいのではなく、拠点の数だけ必要になります。拠点を統合する構想が買い手にある場合、要件との関係で統合できない、あるいは統合したら許可の範囲が変わる、ということが起こります。拠点別の要件充足状況は、初期の資料依頼に必ず入れてください。
譲渡のスキームで何が変わるか
スキームによって、許可の扱いも、要件の確認のしかたも変わります。
| スキーム | 許可そのもの | 実務上の主な確認 |
|---|---|---|
| 株式譲渡 | 法人格が変わらないため存続する | 役員変更等の届出、要件者が残るか、新体制で欠格要件に触れないか |
| 事業譲渡 | 原則として引き継がれず、譲受側が自ら許可を持つ必要がある | 譲受側の許可の有無、新規取得に要する期間、空白期間の回避 |
| 会社分割・合併 | 制度により扱いが異なる | 承継の仕組みが設けられているか、事前の認可が必要か |
建設業については、2020年10月に施行された改正建設業法により、譲渡・譲受け、合併・分割、相続について事前の認可を受けることで許可を承継できる制度が設けられました。制度があること自体を知らずに「事業譲渡では許可が切れます」と説明してしまうと、選べたはずの道を依頼者から奪います。一方で、宅地建物取引業免許のように承継の仕組みが設けられていないものもあります。業種ごとに違うので、必ず個別に確認してください。
実務者としての行動は一つです。スキームを決める前に、その業種の許可が承継できるかどうかを所管官庁の公表資料で確認する。順序が逆になると、組み立て直しになります。
要件者にどう向き合うか — 開示の順番という難所
ここがこの類型のいちばん難しいところです。要件を満たしている人は、多くの場合は従業員か、オーナー以外の役員です。従業員への開示は原則としてクロージング後にまとめて行いますが、要件者の意向が分からないままでは、買い手に対して事業が続くと説明できません。
この矛盾をどう扱うかは、仲介者が勝手に決めることではありません。売り手に選択肢と影響を示し、売り手に決めていただくのが原則です。示すべき選択肢は、おおむね次のとおりです。
- 開示せず、資格の状況と勤続の事実だけで説明する:本人の意向は確認できないため、買い手には「確認できていない」と正直に伝える
- 基本合意の前後で、限られた人にだけ開示する:秘密保持の書面を交わしたうえで意向を確認する。誰にいつ話すかを売り手と決める
- 要件者を増やしておく:時間があるなら、資格取得の支援や採用によって、一人に依存しない状態をつくる
三つ目は時間がかかりますが、もっとも本質的です。一人に依存した状態は、譲渡の場面だけでなく、その人が病気になったときにも同じ形で表面化します。「譲渡のため」ではなく「会社の備えとして」整えるのだと説明すれば、売り手にも受け入れられやすくなります。属人性の高い会社の組み替え方は「属人性の高い会社の案件」に整理しています。
買い手候補に伝えるときは、事実と見立てを分けてください。「要件を満たしているのは専務で、勤続は長いが、譲渡後の意向は現時点で確認していない」。これが事実です。「たぶん残ると思います」は仲介者の想像であり、外れたときに責任を負えません。
譲渡設計への織り込み方
確認した内容は、工程と契約に落とし込みます。実務で使う織り込み方は次の四つです。
- 引き継ぎ期間を設ける:要件者に一定期間残ってもらう前提を、条件として明示する。処遇と期間を具体的に決める(「引き継ぎ期間の設計」参照)
- 前提条件に置く:要件者の在籍継続や、必要な届出の完了をクロージングの前提条件とする。抜けを作らない管理は「クロージング前提条件の管理」の手順で
- 買い手側の手当てを確認する:買い手がすでに有資格者を抱えている、グループから配置できる、といった事情があれば、論点の重さが変わる
- 日程を逆算する:届出や認可の期間を工程表に入れる。許可の更新時期が重なる場合はさらに注意が必要です(「許認可の更新時期と譲渡日が重なる案件」参照)
最後に、売り手への説明のしかたです。この論点は「御社の弱点」として提示すると、経営者は身構えます。実際には、要件者がいることは会社が積み上げてきた資産です。「この方がいるからこの事業が成り立っている、ということを買い手に正しく伝えたい。そのために、続けていただけるかどうかを確かめておきたい」という立て方をしてください。事実は同じでも、依頼者が前を向けるかどうかが変わります。
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