複数の買い手から条件が出る案件では、売り手が選ぶことになります。このとき仲介者がやるのは、選ぶことではなく比べられる形にすることです。
額だけを並べると、売り手は額で選びます。しかし条件の中身が違えば、額が高い相手が手元に残る金額で劣ることも、引き継ぎの負担が重いこともあります。本稿では、並べる項目と、比べ方の整理を扱います。
並べる項目
最低限、次の項目を同じ表に並べます。項目が揃っていないと、売り手は比べられません。
譲渡の対価と支払いの時期。一括か分割か、クロージング時に全額か、一部を後に回すか。同じ額でも受け取る時期が違えば価値が違います。
譲渡する株数。全株か一部か。一部であれば残る株の扱いと、将来の買い取りの約束があるか。
社長の引き継ぎ期間と役割。何か月、どういう立場で残るのか。報酬が出るのか。
従業員の扱い。雇用の継続、処遇の維持、拠点の継続についてどう書かれているか。
表明保証の範囲と期間、補償の上限。ここが広いと、成約後に請求を受ける余地が残ります。
前提条件。DDの結果、金融機関の承諾、取引先の同意、許認可の承継。条件が多い相手は、成約までの不確実性が高くなります。
このほか、買い手が社内で承認を得ている段階かどうかも並べます。取締役会の決議を済ませている相手と、担当者の意向にとどまる相手では、条件の確実さが違います。意向表明に「社内の最終承認を前提とする」と書かれている場合は、その承認がいつ得られる見込みかを確かめて添えます。
額だけでは比べられない理由
額が同じでも、売り手の手元に残る金額は変わります。退職金の設計、不動産を会社に残すか個人に戻すか、借入の扱い——これらで税負担と残る金額が動きます。
また、支払いが分割になっている場合、後の分は確実に入るとは限りません。業績に連動する部分が含まれていれば、達成できなければ受け取れません。額の総額ではなく、確実に受け取れる部分がいくらかを分けて見せます。
表明保証の範囲も金額に換算できる要素です。範囲が広く期間が長い相手の額が高い場合、その差は売り手が引き受けるリスクの対価かもしれません。
税務の扱いは設計によって変わります。どの形がどれだけの負担になるかは、税理士に確認したうえで売り手に示してください。
売り手が選ぶ基準を先に整理する
条件が出てから基準を考えると、額に引っ張られます。打診を始める前に、売り手と基準を整理しておきます。
聞いておくのは、譲れないものと、譲れるものです。従業員の雇用は譲れない、拠点の継続は譲れない、額は一定以上であればよい——売り手ごとに違います。
基準を書いておくと、条件が出たときに当てはめるだけで済みます。基準がないまま額を見ると、売り手は後から後悔する選択をすることがあります。
基準は変わることもあります。実際の条件を見て、優先順位が入れ替わるのは自然です。変わったこと自体は問題ではなく、変わったと自覚して選ぶことが大事です。
基準を整理するとき、家族の意向も聞いておきます。売り手本人が額を重視していても、配偶者や子が従業員の行く先を気にしていることがあります。選んだあとに家族から異論が出ると、交渉が止まります。
見せ方の工夫
表にすると比べやすくなりますが、作り方で誘導が入ります。項目の順番、強調する欄、記載の細かさ——仲介者の意図が入りやすいところです。
避けたいのは、仲介者が良いと思う相手を良く見せる形です。意図していなくても、報酬が高くなる相手の欄を詳しく書けば、そちらが充実して見えます。
項目の順番は、売り手が整理した基準の順にします。従業員の雇用を第一に置いた売り手であれば、その欄を先に置きます。額を先に置くと、額から読み始めます。
記載は、各社の意向表明に書かれている言葉をそのまま引きます。要約すると、要約の仕方で意味が変わります。
書かれていないことを書く
意向表明に書かれていない項目は、空欄にします。空欄が多い相手は、それ自体が情報です。
ここで仲介者が推測を埋めてはいけません。「おそらく雇用は維持されるでしょう」と書くと、売り手はそう理解して選びます。後に違っていたとき、説明がつきません。
空欄がある場合は、買い手に確認してから埋めます。確認した内容は、口頭であっても誰にいつ聞いたかを添えて書きます。書面に書かれていない約束は、最終契約で改めて書かないと残りません。
確認の結果、買い手が答えられない項目もあります。社内で決まっていない、DDの結果を見てから判断する——その場合も、答えられないという事実を書きます。
選んだあとに伝えること
売り手が一社を選んだら、選ばれなかった買い手に伝えます。伝え方で、その後の関係が変わります。
伝えるのは、選ばれなかったという結果と、礼です。理由を細かく伝える必要はありませんが、条件の何が合わなかったかを一言添えると、次の案件のときに相手が条件を調整できます。
選んだ相手との交渉が途中で止まることもあります。そのときに戻れる相手を残しておくためにも、断り方は丁寧にします。
売り手には、選んだ理由を言葉にしてもらいます。あとで条件が動いたときに、何を優先して選んだのかが基準になります。選んだ理由が曖昧だと、交渉の局面で判断が揺れます。
なお、個別の判断は案件の事情によって変わります。法務・税務にまたがる論点は、弁護士・税理士などの専門家に確認してください。
選ばれた相手にも、何が評価されたかを伝えておくと、その後の交渉が穏やかに進みます。売り手が何を重視して選んだかが分かれば、買い手はその点を崩さないように条件を組みます。