初期検討で決算書を3期分受け取るのは、1期では判断できないからです。1期だけの数字は、特需でも、資産の売却でも、費用の計上時期をずらすだけでも動きます。
3期並べる目的は、平均を取ることではありません。どこが動いていて、なぜ動いたのかを特定することです。動いた理由が説明できれば、来期以降の見通しも立てられます。本稿では、見る順番と、よく出てくる変動の読み方を整理します。
見る順番
最初から細かい勘定科目に入ると、全体の形を見落とします。次の順で見ていくと、話が早く進みます。
- 売上の推移——増えているのか、減っているのか、横ばいなのか。横ばいは安定とも停滞とも読めるので、理由を聞きます
- 粗利率の推移——売上が増えても粗利率が落ちていれば、値引きで量を取っている可能性があります
- 営業利益の推移——固定費が増えていないか。人を増やした、家賃が上がった、といった理由があるはずです
- 営業外と特別損益——ここが大きい年は、本業以外の要因で利益が動いています
- 役員報酬と役員賞与——社長の取り分は調整できるため、同じ会社でも年ごとに変わります
- 貸借対照表の動き——借入、現金、棚卸資産、売掛金。利益が出ていても現金が減っている年は理由を聞きます
役員報酬の足し戻しについては実質利益(正常収益力)とはに詳しくまとめています。
1期だけ良い年の扱い
3期のうち1期だけ利益が大きい場合、その年に何があったかを必ず特定します。実務でよく出てくるのは次の形です。
- 大口の受注が1件あった。翌期に同じ受注があるかどうかが論点になります
- 資産(不動産・保険・株式)を売った。これは本業の利益ではありません
- 補助金や助成金が入った。制度の期限があるものは、続きません
- 役員報酬を下げた。社長の判断で動く部分です
- 修繕や設備投資を見送った。先送りした費用は、いずれ出ていきます
良い年を「実力」として説明すると、DDで必ず崩れます。崩れたときに、それまでの説明全体が疑われます。理由を先に言っておくほうが、結果として条件に響きません。
悪い年の扱いも同じ
逆に1期だけ悪い年がある場合も、理由の特定が必要です。理由が一時的なものであれば、その旨を説明できます。
- 大きな修繕を行った、設備を入れ替えた
- 退職金を支給した
- 取引先の倒産で貸倒れが出た
- 人を採用して教育期間に入っていた
ここで気をつけたいのは、悪い理由を並べすぎると「毎年何かが起きる会社」に見えることです。3期のうち2期で別の特別な事情を挙げると、買い手は「来期も何か起きる」と読みます。説明は事実に沿って、必要な範囲にとどめます。
数字の動きを売り手に説明してもらう
3期の決算を読んで動きを見つけたら、その理由を仲介者が推測して埋めるのではなく、売り手に説明してもらうのが原則です。推測で埋めた説明は、DDで買い手が本人に聞いた時点で崩れます。
聞き方には工夫が必要です。「なぜ利益が落ちたのですか」と聞くと、売り手は責められていると感じることがあります。「この期に何がありましたか」と事実を聞く形にすると答えやすくなり、売り手自身が忘れていた事情を思い出すこともあります。
説明を聞いたら、その裏付けになる資料を一緒に探します。大口の受注があった年であれば、その取引先への売上が分かる資料。退職金を支給した年であれば、その支給額が分かる資料。修繕を行った年であれば、工事の請求書。資料と結びついた説明は、買い手にそのまま渡せます。資料が見つからない場合は、見つからないことも含めて買い手に伝えます。
ここで集めた説明は、企業概要書に書く内容の土台になります。企業概要書の段階で説明が揃っていれば、買い手は検討に入りやすくなり、同じ質問が繰り返されることも減ります。逆に数字だけを並べた企業概要書は、質問の山を生みます。3期分を読む作業は、評価のためだけでなく、後の説明を作るための作業でもあります。
買い手の見方との差
売り手は「うちの会社は本当はもっと利益が出る」と考え、買い手は「この数字が続くのか」を考えます。同じ決算書を見ていても、見ている向きが逆です。
仲介者が整理できるのは、次の2点です。
- 調整できる項目と、できない項目を分ける——役員報酬や社長個人の支出は調整の対象として説明できます。売上の減少は調整できません
- 調整の根拠を資料で示す——「本当はもっと出る」ではなく、どの科目をいくら足し戻すのか、その根拠がどの資料にあるのかまで揃えます
根拠が揃っていれば、買い手は調整を受け入れることがあります。根拠がないまま主張すると、全体の信頼が落ちます。
なお、個別の判断は案件の事情によって変わります。法務・税務にまたがる論点は、弁護士・税理士などの専門家に確認してください。
最後に、3期分を読む作業で仲介者が持っておきたい視点を挙げます。決算書は、会社の実態を会計のルールで写したものであって、実態そのものではありません。同じ実態でも、計上の仕方によって数字は変わります。減価償却を定額法で行うか定率法で行うかで利益は動き、在庫の評価方法によって粗利は動きます。
だから数字を見て違和感があったときは、実態が悪いのか、計上の仕方がそうなっているのかを切り分けます。切り分けの結果「計上の仕方の問題だった」と分かれば、買い手にもそう説明できます。切り分けずに「利益が落ちている」とだけ伝えると、実態より悪く見えることがあります。
逆に、計上の仕方で良く見えているだけの年もあります。こちらは説明せずに進めるとDDで露出するため、先に把握しておく必要があります。どちらの向きでも、見つけた時点で売り手と共有するのが実務の順序です。