譲渡を検討する経営者にとって、買い手側の法人税は縁遠い話に思えるかもしれません。しかし、買い手が提示する価格は「税引後にいくら残るか」から逆算されています。法人の税負担がどう決まるのかを知っておくと、提示された条件の意味が読めるようになります。
また、2026年4月以後に開始する事業年度からは、法人に新たな負担が加わります。自社が譲渡までに迎える決算にも関わる話です。本稿では、法人の税負担の見取り図と、個人株主の手取りへの影響をあわせて整理します。
買い手は「税引後にいくら残るか」で見ている
買収の採算は、買った会社が毎年いくら稼ぐかで決まります。ただし、稼いだ利益がそのまま手元に残るわけではありません。法人税等を差し引いた後のキャッシュフローが、投資の回収原資になります。
つまり、同じ営業利益の会社でも、税負担の見込みが違えば買い手にとっての価値は変わります。繰越欠損金が残っているか、資産に含み損益があるか、グループに入れた後の課税関係はどうなるか——こうした点が検討されるのはそのためです。繰越欠損金については「買収した会社の繰越欠損金|そのまま使えるとは限らない理由」をご覧ください。
売り手として知っておきたいのは、「利益が出ている」と「税引後に現金が残る」は別の話だということです。決算書の営業利益だけでなく、税負担と設備投資を引いた後に何が残るか——買い手はそこを見ています。
法人実効税率という見取り図
法人が負担する税金は、法人税だけではありません。地方法人税、法人住民税、法人事業税など複数の税目が重なります。これらを合わせて、利益に対する実質的な負担割合を示したものが法人実効税率です。
中小企業の実務では、おおむね30%程度を目安として押さえておくと、税引後の姿を大づかみにできます。ただし、実際の負担率は会社の規模、所在地、所得の水準、適用される軽減措置によって上下します。自社の実際の負担率は、顧問税理士にご確認ください。
この目安が役に立つのは、たとえば次のような場面です。
- 役員退職金を支給した場合に、会社の税負担がどれだけ軽くなるかを大づかみに見るとき
- 買い手が「この利益水準なら何年で回収できるか」と考える筋道を理解するとき
- 個人で受け取る場合と法人に残す場合の負担を比べるとき
2026年4月以後に開始する事業年度から加わるもの
法人の負担については、防衛特別法人税が2026年4月以後に開始する事業年度から適用されます。法人税額を基礎として課される付加的な負担で、これまでの法人税等に上乗せされる形になります。
実務上の意味は二つあります。ひとつは、買い手が将来のキャッシュフローを見積もる際の前提が変わること。もうひとつは、売り手である自社も、該当する事業年度から負担が生じることです。
譲渡の検討と重なる時期であれば、決算の着地見込みや、役員退職金の支給時期の検討にも関わってきます。具体的な計算方法や、自社にどの程度の影響があるかは、必ず顧問税理士にご確認ください。当社は税額の試算を行う立場ではありませんが、譲渡のスケジュールを組む際には、決算期との関係を必ず確認しています。決算期の途中で売却する場合の論点は「決算期の途中で売却するとどうなるか|税務と実務の注意点」で整理しています。
個人株主の手取りは変わるのか
「法人に新しい税ができたなら、個人の株式譲渡益の負担も上がるのではないか」というご質問をいただきます。結論から申し上げると、株式譲渡益に対する負担の水準は、実質的に変わらないとされています。
個人については、2027年1月から防衛特別所得税が基準所得税額の1%として課されます。ただし同時に、復興特別所得税が2.1%から1.1%へ引き下げられます。その結果、付加される割合の合計は2037年まで変わらない設計になっています。
したがって、株式の譲渡益に対する課税(所得税15%+復興特別所得税0.315%+住民税5%=20.315%)の水準も、実質的に維持されることになります。手取り額の計算構造は「会社売却にかかる税金|株式譲渡益課税と手取り額の考え方」をご参照ください。
むしろ、規模の大きい譲渡で影響が出やすいのはミニマムタックスです。2025年分の所得から適用が始まり、2027年分の所得からは強化されることとされています。詳しくは「ミニマムタックスとは|株式譲渡益への影響と会社売却の時期」をご覧ください。
売り手が見ておくべき三つのポイント
以上を踏まえ、譲渡を検討する立場で押さえておきたい点を整理します。
| 見るところ | なぜ重要か |
|---|---|
| 税引後の利益水準 | 買い手の採算計算の出発点。営業利益だけでは判断されない |
| 決算期と譲渡時期の関係 | 制度の適用開始時期や退職金の支給時期と絡む |
| 個人側の課税の時期 | 譲渡所得がいつの年分になるかで、翌年の負担が変わる |
三つ目については、譲渡した翌年に住民税や社会保険料の負担が大きくなる点を見落としがちです。「譲渡した翌年の住民税・社会保険料|想定しておく負担」であらかじめ確認しておくことをお勧めします。
税制は毎年のように改正されます。本稿の記載は2026年8月時点のものであり、実際の適用は必ず顧問税理士にご確認ください。当社は税務判断を行いませんが、譲渡のスケジュールを税務の節目と合わせて組み立てるお手伝いはできます。
まとめ|税引後で見ると、条件の意味が変わって見える
買い手は税引後のキャッシュフローで採算を見ます。法人の実質的な負担はおおむね30%程度が目安とされ、2026年4月以後に開始する事業年度からは防衛特別法人税が加わります。
個人株主については、2027年1月からの防衛特別所得税と復興特別所得税の引き下げが同時に行われ、付加される割合の合計は2037年まで変わりません。株式譲渡益に対する20.315%という水準も実質的に維持されます。
売り手として重要なのは、税制の細部を覚えることではなく、決算期や譲渡時期との関係を早めに顧問税理士と確認しておくことです。当社では、譲渡の進め方をご相談いただく段階で、税務の節目とのすり合わせも含めてご案内しています。