会社の売却を進めるなかで、司法書士や弁護士から「御社は定款上、株券発行会社になっていますね」と指摘され、戸惑われる経営者様がいらっしゃいます。株券など見たこともない、金庫にも入っていない——それが実感でしょう。
実は、これは中小企業では非常によくある状況です。平成18年に施行された会社法によって株券は原則として不発行となりましたが、それ以前から存在する会社には、定款に株券を発行する旨の定めがあるものとみなす経過措置が設けられました。その結果、実際には株券を発行していないのに、定款上は株券発行会社という会社が数多く残っています。本稿では、この状態でM&Aを進める際の実務を整理します。
なぜ株券の話が問題になるのか
会社法上、株券発行会社の株式を譲渡するには、原則として株券を交付しなければ効力が生じません。契約書に署名し、代金を支払っても、株券の交付がなければ譲渡の効力に疑義が残る——これが問題の核心です。
買い手にとって、これは看過できない論点です。株式を買ったつもりが、法的には有効に取得できていないかもしれない。将来、第三者から権利を主張されるおそれがある。だからこそ、法務デューデリジェンスでは定款と株券の状況が必ず確認されますし、最終契約でもクロージングの前提条件として整理が求められます。
ご自身の会社がどちらなのかは、登記事項証明書を見れば確認できます。株券を発行する旨の定めがある会社は、登記簿にその旨が記載されています。定款の写しと登記事項証明書を取り寄せて、まず現状を把握するところから始めてください。
なお、この確認は売却を決めてから行う必要はありません。株主名簿や定款の整備は、事業承継の準備として日頃から進めておける作業です。「株主名簿が整っていない会社|売却前に整えておくこと」もあわせてご覧ください。
三つのパターン|自社がどれに当たるか
実務では、次の三つのパターンに整理できます。
| パターン | 状況 | M&Aでの扱い |
|---|---|---|
| ① 株券不発行会社 | 定款に株券を発行する旨の定めがない | 株主名簿の書換によって譲渡の効力を第三者に対抗できる。追加の手当ては不要 |
| ② 株券発行会社・株券あり | 定款に定めがあり、実際に株券も存在する | クロージング時に株券を現物で交付する。原本の所在と記載内容を事前に確認 |
| ③ 株券発行会社・株券なし | 定款に定めがあるが、株券を発行していない、または紛失した | 株券不発行会社への定款変更を行うのが一般的。中小企業で最も多いパターン |
圧倒的に多いのが③です。会社法施行前に設立され、株券を実際には刷っていない。あるいは、設立時に作ったが、その後の移転や代替わりで所在がわからなくなった。いずれの場合も、対応の道筋は同じです。
②に該当する場合も、油断はできません。手元にある株券の記載が、現在の株式数や商号と一致しているかを確認してください。増資や商号変更、株式分割を経ているのに、株券が当時のままということがあります。記載が実態と合っていなければ、結局は③と同様の整理が必要になります。
株券不発行会社への定款変更|手続の流れ
株券を発行していない株券発行会社がM&Aを行う場合、実務上は株券不発行会社に定款を変更するのが最も確実な方法です。これにより、株券の交付なしに、株主名簿の書換で譲渡の効力を整理できるようになります。
手続の大まかな流れは次のとおりです。
- 株主総会の特別決議により、定款の「株券を発行する」旨の定めを廃止する
- 株主等への通知または公告を行う。株券を発行していない場合でも、法令上求められる手続を経る必要がある
- 効力発生後、株券発行の定めの廃止を登記する
ここで注意したいのが、手続に一定の期間を要することです。通知や公告には法定の期間があり、その後に登記手続が続きます。クロージングの日程から逆算して、余裕をもって着手する必要があります。「最終契約の直前に気づいた」となると、決済日を動かさざるを得ないことにもなりかねません。
具体的な手続の要否、必要な決議や公告の内容、登記に必要な書類は、会社の状況(株主構成、定款の記載、過去の経緯)によって変わります。必ず司法書士・弁護士等の専門家にご確認のうえ、進めてください。
株券を紛失している場合
かつて株券を発行したが、現在は所在がわからない——この場合も、対応の基本は定款変更です。株券不発行会社に移行すれば、株券そのものが不要になるためです。
ただし、いくつか確認しておくべき点があります。
第一に、本当に発行されていたのか。会社の記録や過去の議事録、設立時の資料を確認し、発行の事実があったかを確かめます。実は発行していなかった、ということも少なくありません。
第二に、紛失した株券が第三者の手に渡っている可能性はないか。過去に株主の異動があった会社、相続が発生した会社では、株券の所在と株主名簿の記載が食い違っているおそれがあります。この点は、株主が誰であるかという根本的な論点につながります。
第三に、株券喪失登録という制度の要否。会社法には、株券を喪失した者が会社に登録を申請する制度があります。定款変更で足りる場合もあれば、この制度を使う判断になる場合もあり、状況によって異なります。
いずれにしても、株券の問題は「誰が株主か」という論点と結びついていることが多いという点が重要です。名義株や株式の分散が併存しているケースでは、それらをまとめて整理する必要があります。「名義株とは|放置するリスクとM&A前の整理方法」「株式が分散している会社の売却|名義株・少数株主の整理方法」もご参照ください。
クロージングまでの段取り
株券の問題が判明した場合、M&Aの進行のなかでどう位置づけられるのでしょうか。
多くの案件では、クロージングの前提条件として整理されます。「クロージング日までに株券発行の定めを廃止する定款変更が効力を生じ、その旨の登記が完了していること」といった形で契約に書き込まれ、これが満たされなければ決済は行われません。
したがって、売り手としては次の段取りで進めることになります。
① 早期に現状を確認する。登記事項証明書と定款を取り寄せ、株券発行の定めの有無を確認します。理想を言えば、DDに入る前——買い手との面談が始まったころに済ませておきたい作業です。
② 専門家に相談し、必要な手続と所要期間を把握する。司法書士に依頼すれば、必要な決議、公告、登記の段取りと日数の見込みを示してもらえます。
③ クロージング日から逆算してスケジュールを組む。手続に要する期間を織り込んだうえで、契約交渉の段階から日程を調整します。
④ 株主名簿の整備も同時に行う。株券の問題に対応する過程で、株主名簿の記載が実態と合っているかも確認します。結局、クロージングでは株主名簿の書換が行われるため、そこが整っていなければ意味がありません。
この一連の作業は、費用としては登記費用と専門家報酬が中心で、金額は会社の状況によって異なります。売却を検討する前の段階であっても、会社の法的な土台を整えるという意味で、進めておいて損のない整備です。
まとめ|登記簿を一度、見てください
株券発行会社の問題は、気づいたときには単なる手続の話ですが、気づかないまま最終局面に至ると、決済日を動かすほどの影響を持ちます。そして、多くの中小企業が、自社が株券発行会社であることを知らないまま経営を続けています。
確認は簡単です。登記事項証明書を取り寄せて、「株券を発行する旨の定め」が記載されていないかを見る。それだけで、自社がどのパターンに当たるかがわかります。
もし記載があり、実際には株券を発行していないのであれば、定款変更を検討してください。この整備は、M&Aの有無にかかわらず、会社の法的な土台を明確にする意味があります。相続で株式が承継される場面でも、同じ論点が顔を出すからです。
当社プラチナパートナーズでは、譲渡のご相談をいただいた早い段階で、株主名簿・定款・登記の状況を確認し、必要な整備を提携する司法書士・弁護士等の専門家とともにお手伝いしています。相談料・着手金・月額報酬は0円です。「うちの会社はどうなっているのか」という段階のご相談でも、どうぞお気軽にお声がけください。