買い手は損益計算書を見るとき、売上高や粗利だけでなく、販売費及び一般管理費——いわゆる販管費——の中身を科目ごとに確かめます。これは無駄を指摘するためではなく、買収した後にどの費用が残り、どの費用が変わるのかを見積もるためです。同じ販管費でも、譲渡後に消えるものと、むしろ増えるものがあります。本稿では、その見られ方を科目ごとに整理します。
販管費は「削れる費用の宝庫」ではない
最初に、よくある誤解を解いておきたいと思います。買い手が販管費を細かく見るのは、買収後に削減できる余地を探しているから——とは限りません。
もちろん、重複する機能を統合して費用を下げられるという見立てが働く場面はあります。しかし中小企業のM&Aでは、むしろ費用が増える前提で計算されることのほうが多いのが実情です。
理由は単純で、オーナー経営者が担っていた役割を、譲渡後は誰かが引き継がなければならないからです。経営者ご自身が営業も総務も経理の確認もされていた場合、その分の人件費は決算書に十分に表れていません。買い手は、その役割を果たす人材の費用を見積もって織り込みます。
つまり販管費の分析は、「この会社を第三者が普通に経営したら、いくらかかるか」を再計算する作業です。この視点をもっておくと、買い手の質問の意図が理解しやすくなります。
科目ごとの見られ方
主な科目について、確認される点を整理します。
| 科目 | 買い手が確認する点 |
|---|---|
| 役員報酬 | 職務内容に見合う水準か。譲渡後に同じ役割を担う人材の報酬はいくらか |
| 給料手当 | 親族の在籍と勤務実態。譲渡後に退任・退職が見込まれる人がいるか |
| 地代家賃 | 賃貸人が経営者個人や資産管理会社か。賃料は近隣の相場と比べてどうか |
| 保険料 | 事業に必要な保険か、経営者個人のための契約か。解約返戻金の有無 |
| 交際費 | 取引の維持に必要な支出か、個人的な性格の支出か |
| 車両費・リース料 | 事業で使われている車両か。経営者・家族の利用分が含まれていないか |
| 旅費交通費 | 営業活動の実態と対応しているか |
| 支払手数料 | 顧問料の内訳、譲渡後も継続する契約か |
| 広告宣伝費 | 継続的な費用か、一時的な出稿か。売上との関係 |
| 減価償却費 | 対象資産と残存年数。今後の更新投資の見込み |
このうち、役員報酬・親族の給与・私的な性格の経費は、実質利益を計算する際に調整されます。詳しくは「家族従業員の給与|実質利益への影響」「社宅・車両・保険など私的な経費|売却前に整理すべきもの」をご覧ください。
買収後に消える費用・残る費用
買い手は、各費用を三つに分類しながら見ています。
消える費用は、経営者個人に関わる支出です。オーナーの役員報酬のうち市場水準を超える部分、経営者個人のための保険料、家族が実質的に勤務していない場合の給与、個人的な性格の交際費や車両費などです。これらは譲渡後に発生しないため、足し戻して収益力を計算します。
残る費用は、事業を続けるうえで必要な支出です。従業員の給与、事務所や工場の家賃、水道光熱費、通信費、事業用車両の維持費などがこれにあたります。これらはそのまま織り込まれます。
判断が分かれやすいのは、経営者個人が所有する不動産を会社が借りているケースです。譲渡後も同じ場所で事業を続けるのであれば賃料は残りますが、その水準が近隣相場と比べて高すぎたり低すぎたりすれば、相場に置き直して計算されます。この論点は「不動産を持つ会社の売却|評価の考え方と切り離しの選択肢」でも扱っています。
見落とされやすい「増える費用」
実務で経営者様が驚かれるのが、譲渡後に増える費用が計算に織り込まれる点です。代表的なものを挙げます。
- 後任経営者の人件費——オーナーが担っていた役割を引き継ぐ人材の報酬
- 管理部門の費用——親会社への報告、月次決算の早期化、内部統制への対応に必要な人員
- 法定福利費の適正化——社会保険の加入漏れがある場合の是正
- 労務管理の是正——未払残業の解消、勤怠管理システムの導入
- システム関連費——買い手グループの基幹システムへの移行、会計ソフトの入替え
- 監査・会計に関する費用——買い手が上場企業グループの場合の対応
これらは対象会社に問題があるから生じるわけではなく、経営の体制が変わることに伴う自然な費用です。ただし、労務管理や社会保険の未整備がある場合は、是正の費用が大きくなることがあり、価格に影響します。
逆に言えば、こうした整備を売却前に進めておくことは、評価を守るうえで意味があります。「売却前の自社チェックリスト|買い手に見られる観点を自分で点検する」を点検の出発点にしていただければと思います。
説明を準備しておく|科目ごとの内訳を出せるか
買い手からの質問は、多くの場合「この科目の内訳を教えてください」という形で来ます。これに答えられる状態にしておくことが、実務上もっとも効果のある準備です。
具体的には、金額の大きい科目について、主な支払先と内容がわかる資料を用意しておきます。総勘定元帳の該当科目を印刷するだけでも足りることが多く、特別な資料を作る必要はありません。
また、期によって金額が大きく変動している科目があれば、その理由を整理しておきます。広告宣伝費が一時的に増えた、修繕費が特定の期に集中した、といった事情は、説明があれば納得されます。
もう一つ申し上げたいのは、私的な性格の経費を隠さないことです。中小企業では一定程度あるものと理解されており、それ自体が取引を妨げることはあまりありません。問題になるのは、説明されないまま調査で発見されることです。先にお伝えいただければ、足し戻して計算されるだけで済みます。
まとめ|「第三者が経営したらどうなるか」で見る
販管費の見られ方を一言でまとめれば、「第三者が普通に経営した場合の費用構造に置き直す作業」です。
その結果として、経営者個人に関わる費用は取り除かれ、逆に経営を引き継ぐために必要な費用が加えられます。この二つを足し引きした後の利益が、買い手の見る収益力です。
ご準備としては、次の三点で十分に対応できます。
- 金額の大きい科目について、内訳がわかる資料の所在を把握しておく
- 期ごとに変動が大きい科目について、理由を整理しておく
- 経営者個人に関わる支出を自ら把握し、必要に応じて先に整理しておく
役員報酬の水準をどう考えるかは「役員報酬をどうするか|売却を見据えた見直しの考え方」で詳しく扱っています。あわせてご覧ください。