本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。許認可は、案件の初期に承継できるかどうかを判定し(「許認可が論点になる案件」)、終盤に同意や手続を取りに行く(「許認可とチェンジオブコントロールの事前確認」)工程があります。本稿はその間、資料にどう書くかに絞ります。実務でよくあるのは、企業概要書(IM)に「建設業許可 取得済み」とだけ書いてある資料です。これでは買い手は何も判断できません。買い手が知りたいのは「持っているか」ではなく、「譲渡後も続くか、続けるために何が要るか」です。その問いに答える形を型にします。
一覧表の列を決める|「取得済み」では資料にならない
まず、書く項目を固定します。許認可の数が一つでも、この形で書きます。
| 列 | 書くこと | なぜ要るか |
|---|---|---|
| 名称 | 正式名称で書く(「建設業許可(特定・◯◯工事業)」など) | 略称だと範囲が分からない |
| 根拠法令 | 建設業法、宅地建物取引業法、貨物自動車運送事業法など | 承継の制度の有無が法令ごとに違う |
| 所管行政庁 | 国土交通大臣/都道府県知事/保健所/警察署など | 手続の窓口と期間に直結する |
| 許可番号・登録番号 | 番号と、更新の回数が読める場合はそれも | 公開情報との照合ができる |
| 取得日・有効期限 | 期限のないものは「期限の定めなし」と明記 | 空欄にすると未確認と区別がつかない |
| 更新手続の時期 | いつまでに何を出すか | クロージング時期と重なると工程に影響する |
| 人的要件 | 必要な資格・人数・常勤性(氏名は書かない) | 誰かが抜けると許可が維持できない |
| 物的要件 | 事務所、設備、車庫、面積要件など | 拠点の移転・賃貸借の更新と連動する |
| 承継時の手続 | 想定される手続と、その確認状況 | ここが買い手の最大の関心 |
| 行政処分・指導の履歴 | 過去の処分、是正指導の有無 | 更新や承継に影響しうる |
許可証の写しは、デューデリジェンスの資料として別途提出します。IMには一覧表を載せ、明細は後段に回すのが読みやすい構成です。
期限|「有効期限内」だけでは足りない
有効期限を書いただけで安心してはいけません。実務で効いてくるのは、更新のために日常的に果たすべき義務が滞っていないかです。
たとえば建設業許可では、許可の有効期間は5年とされ、更新の申請は有効期間満了の日の30日前までに行うこととされています(受付開始の時期は行政庁により異なります)。さらに、事業年度が終了するごとに決算変更届(事業年度終了報告)を提出する必要があり、これが滞っていると更新申請が受け付けられないという運用があります。許可証を見ただけでは、この滞りは分かりません。
そこで、次を確認します。
- 直近の届出の提出状況:決算変更届、変更届(役員、専任技術者、営業所など)
- 役員変更の届出が済んでいるか(役員が交代しているのに届出が漏れている例は多い)
- 次回更新の時期と、クロージング予定時期との重なり
- 更新に必要な資料が社内に揃っているか
更新時期がクロージングと重なる場合は、どちらを先にするかを工程表で決めます。更新の直前に役員が全員交代すると、書類の準備が混乱します。日程の組み方は「案件のスケジュール管理」の考え方で調整してください。
なお、制度の詳細や運用は法令改正・行政庁によって異なります。個別の手続と要件は、所管行政庁および弁護士・行政書士等の専門家にご確認ください。
人的要件|誰が抜けると、許可が続かないか
許認可のうち多くは、一定の資格や経験を持つ人が常勤していることを要件としています。中小企業では、その要件を満たしているのがオーナー本人、という場合が少なくありません。オーナーが退任すると、許可の維持要件を欠くということです。これは必ず資料に書きます。
| 例 | 人的要件の概要 |
|---|---|
| 建設業 | 経営業務の管理を担う常勤役員等、営業所ごとの専任技術者 |
| 宅地建物取引業 | 事務所ごとに、業務に従事する者5名につき1名以上の専任の宅地建物取引士 |
| 一般貨物自動車運送事業 | 運行管理者、整備管理者の選任 |
| 建築士事務所 | 管理建築士の設置 |
| 飲食店 | 食品衛生責任者の設置 |
| 介護・障害福祉サービス | 管理者、サービス提供責任者等の人員基準 |
要件の内容は法令・制度改正によって変わります。上表は論点の所在を示すためのもので、適用の判断は所管行政庁と専門家にご確認ください。
資料への書き方は、氏名を出さず、要件の充足状況が分かる形にします。
- 資格名と保有人数(「◯級◯◯施工管理技士 2名」)
- 常勤・非常勤の別
- 年齢帯・勤続年数(氏名は書かない)
- オーナー本人が要件を満たしている場合は、その旨を明記
- 代替の可否:社内に他の有資格者がいるか、育成中の人がいるか
オーナーが要件を担っている場合、これを書くのをためらう人がいます。しかし、書かなければ買い手は「役員が代わっても許可は続く」と理解して検討を進め、デューデリジェンスで前提が崩れます。先に書いてあれば、引継ぎ期間中は取締役として残る、有資格者を採用する、といった解決策を条件の中で設計できます。不利に見える事実こそ、早く書くほど手段が残ります。組織の書き方全般は「組織図・沿革・設備一覧の作り方」を参照してください。
承継可否の表現|断定しない、しかし曖昧にもしない
資料でいちばん神経を使うのが、「譲渡後も許可は続きますか」への答え方です。ここで断定すると、外れたときに工程全体がずれます。かといって「不明です」だけでは資料になりません。
実務では、次の三層に分けて書きます。
- 譲渡の形による一般的な整理:株式譲渡では許可を受けている法人自体は変わらない一方、事業譲渡や会社分割では、新規取得または承継の手続が必要になる場合がある
- この許認可に固有の論点:役員変更の届出、欠格事由の確認、人的要件の維持、法令によっては承継の認可・届出の制度がある
- 確認状況:所管に照会済み/照会予定/法令・要綱で確認した範囲
文章にすると、次のような書き方になります。
「株式譲渡の場合、許可を受けている法人に変更はないため、許可自体は継続するものと考えられます。ただし、役員の変更に伴う変更届の提出が必要となるほか、経営業務の管理を担う常勤役員等および専任技術者の要件を引き続き満たす必要があります。現任の常勤役員等はオーナーであるため、退任時期と後任の配置が論点となります。手続の詳細は所管行政庁に確認中です。」
この書き方の要点は三つです。①一般的な整理と、この会社固有の論点を分けている ②断定せず「考えられます」「必要となります」と根拠のある表現にとどめている ③確認状況を書いている。
なお、法令によっては事業譲渡や合併・分割に際して許可を承継する仕組みが設けられているものがあります(建設業法の認可、貨物自動車運送事業の譲渡譲受の認可など)。ただし、要件・審査期間・添付書類は制度ごとに異なり、審査に相応の期間を要することがあります。「承継できる」と書くだけでは不十分で、どの手続に、どれくらいの期間が必要と見込まれるかまで確認して書くのが実務です。事業譲渡の進め方は「事業譲渡案件の実務」を参照してください。
資料の使われ方|後工程で誰が何に使うか
作った一覧表は、IMに載せて終わりではありません。後工程で次のように使われます。ここを意識して作ると、精度の基準が決まります。
| 工程 | 使われ方 |
|---|---|
| 買い手の初期検討 | 自社で扱える事業か、許可がなければ参入できない領域かを判断する |
| デューデリジェンス | 許可証の写し、届出の控え、有資格者の資格証と突き合わせられる |
| 最終契約 | 許認可に関する表明保証の対象になる。一覧の記載が正確であることが前提 |
| クロージング前提条件 | 必要な承認・届出の完了が前提条件になることがある |
| クロージング後 | 役員変更届などの手続を、期限内に行う根拠資料になる |
三行目が重いところです。IMに書いた許認可の一覧は、最終契約の表明保証に接続します。「重要な許認可をすべて有効に保有し、取消事由に該当する事実はない」といった条項が置かれ、事実と違えば補償の問題になります。だからこそ、確認していないものを確認したように書かない。「未確認」と書くことは、資料の欠点ではなく、正確さの表明です。表明保証の範囲は「表明保証の範囲と期間」を参照してください。
最後に、姿勢の話です。許認可の一覧は、会社の強みを示す面と、制約を示す面の両方を持ちます。参入障壁の高い許可を持っていることは価値ですが、その許可が一人の有資格者に支えられているなら、それは制約です。強い面だけを書いて、支えている人の薄さを落とさない。同じ表に、同じ列で、同じ精度で書く。これが許認可のパートの基本であり、資料作成全体を貫く基準でもあります。