M&Aアドバイザーの仕事のうち、最も差がつくのは「聞く」場面です。同じ資料を見て、同じ時間を使っても、聞き方によって手元に残る情報の量と質はまるで変わります。そして情報が違えば、候補先の選び方も、条件の組み方も、依頼者への助言も変わります。本稿では、質問という行為をオープンとクローズドの使い分け・沈黙の扱い・事実と解釈の分離・確認の手順という四つの技術に分解し、現場で再現できる型として整理します。面談全体の設計は「初回面談のヒアリング設計」に譲り、ここでは一つひとつの問いの立て方に絞ります。

質問の質が、案件の質を決める

会社の譲渡を検討する経営者は、最初から自分の考えを整理できているわけではありません。多くの場合、いくつもの動機が混ざっています。年齢、後継者の不在、体力の限界、事業環境の変化、従業員の将来、金融機関との関係、家族の事情。本人の中でも順位がついていないことがほとんどです。後継者不在率が50.1%(帝国データバンク2025年調査)という状況の中で、譲渡は特別な決断ではなくなりつつありますが、当事者にとっては依然として人生の節目です。

アドバイザーの質問は、その混ざったものを一緒にほどく作業です。ここで表面的な情報しか取れないと、後の工程がすべて狂います。譲れない条件を聞き逃せば、成立寸前で破談します。動機の優先順位を取り違えれば、見当違いの候補先を提案します。逆に、初期に丁寧に聞けていれば、途中で条件が動いても軸がぶれません。質問は、案件の最初にして最大の投資です。

オープンとクローズドの使い分け

質問には、自由に答えられる形(オープン)と、はい・いいえや選択肢で答える形(クローズド)があります。実務では、この二つを意識的に往復させます。

種類使う場面使いすぎたときの弊害
オープン話の入口、背景や経緯を知りたいとき、本人の考えを整理してもらいたいとき「創業から今までで、一番大きな転機はいつでしたか」「譲渡を考え始めたきっかけを教えていただけますか」話が拡散し、時間だけが過ぎる。相手が答えづらく沈黙が続く
クローズド事実の確定、選択肢の絞り込み、認識の確認「株式は現在、社長おひとりの保有でよろしいですか」「本社の土地は会社名義でしょうか、それとも社長個人でしょうか」尋問のようになり、相手が受け身になる。背景が拾えない

基本の型は「オープンで開き、クローズドで締める」

まずオープンで自由に話していただき、出てきた要素の中で重要なものをクローズドで確定させる。この往復が基本形です。たとえば、「今後の会社のことで、気にかかっていることを教えてください」(オープン)で、従業員の話が出たとします。そこで「従業員の雇用は、譲渡の条件として維持を求めたいというお考えでしょうか」(クローズド)と締めます。オープンだけでは条件が確定せず、クローズドだけでは相手の関心の順位が分かりません。

やってはいけないのは「誘導」

クローズドの中でも、答えを含んだ質問は避けてください。「早めに進めたほうがよいですよね」「この条件なら十分な水準だと思われますよね」。こうした問いは、確認の形をとった誘導です。依頼者の意思決定を歪める行為であり、仲介者としての立場からも許されません。特に価格や時期に関する場面では、こちらの見立てを先に置かず、相手の考えを先に出していただくのが原則です。この点は「利益相反管理の実務」でも扱っています。

沈黙を怖がらない|3秒待つ技術

経験の浅い担当者に最も多い癖が、沈黙を埋めてしまうことです。相手が黙ったとき、気まずさから次の質問を重ねたり、自分の説明を始めたりする。これで失われる情報は、想像以上に多くあります。

面談中の沈黙には、いくつか異なる意味があります。

  • 考えている沈黙。質問が本質を突いたとき、相手は考え込みます。ここで待てば、最も価値のある言葉が出てきます
  • 言うべきか迷っている沈黙。不利な事実や家族の事情など、言いにくいことを抱えているサインです。急かすと、その情報は永久に出てきません
  • 質問が伝わっていない沈黙。これは待っても意味がないので、言い方を変えて聞き直します
  • 感情が動いている沈黙。創業の苦労や従業員の話で起きます。何も言わずに待つのが最善です

実務的な目安として、相手が黙ったら心の中で3秒数える。3秒は、話している側からすると長く感じますが、聞かれている側にとっては考えを言葉にする最低限の時間です。3秒待っても言葉が出ず、表情から「伝わっていない」と判断できるときだけ、質問を言い換えます。この一つの習慣で、面談から持ち帰る情報量は明確に増えます。

事実と解釈を分けて聞く

面談で得られる情報は、事実(検証できること)と解釈(相手の受け止め方や評価)に分かれます。この二つを混ぜたまま記録すると、後の工程で必ず問題が起きます。

混ざった発言の例

「あの取引先は最近あまり良くないんですよ」。この一文には、事実と解釈が混ざっています。売上が減っているのか、支払いが遅れているのか、担当者との関係が悪化しただけなのか。ここを分けずに「主要取引先に懸念あり」と記録すると、後日、買い手候補への説明で誤りになります。

分けるための問い方

  • 「具体的には、どのような変化がありましたか」(解釈 → 事実へ)
  • 「それはいつごろからでしょうか」(時点の特定)
  • 「数字で見ると、どのくらい動いていますか」(定量化)
  • 「社長ご自身は、その原因をどうご覧になっていますか」(解釈を解釈として聞く)

最後の問いが重要です。解釈を否定するのではなく、解釈として明示的に聞く。そうすると記録にも「事実:○月から受注が減少/社長の見方:先方の設備投資が一巡したためではないか」と分けて書けます。この分離は、企業概要書の作成でも、デューデリジェンスの準備でも、そのまま効いてきます。1年目から癖にしておくべき技術です(1年目の過ごし方参照)。

記録の際は、相手が実際に口にした表現をそのまま残すことも心がけてください。要約は自分の解釈が混入します。重要な発言ほど原文で残します。

聞きにくいことを、どう聞くか

M&Aの実務では、聞きにくいことを聞かなければ仕事になりません。簿外の債務、係争、税務上の指摘、親族間の対立、健康状態、個人保証。避けて通ると、後工程で全部表に出ます。

順番を工夫する

いきなり核心から入らず、周辺の事実から順に確かめます。「保証の状況を教えてください」の前に、「金融機関とのお付き合いは、どちらが中心ですか」から入る。事実の確認を積み重ねた流れの中でなら、重い質問も自然に置けます。

理由を先に言う

「立ち入ったことを伺いますが、後から出てくると社長にとって不利になりますので、先に確認させてください」。なぜ聞くのかを先に示すと、相手は防御的になりません。この一言があるかないかで、答えの正直さが変わります。

一般論の形で置く

「同じような規模の会社では、個人資産と会社の資産が混ざっているケースがよくあります。御社ではいかがでしょうか」。個別に指摘する形ではなく、よくあることとして提示すると、答えやすくなります。相手を責める形にしないことが要点です。

答えが曖昧なときは、掘る前に一度置く

明らかに歯切れが悪いとき、その場で問い詰めると関係が壊れます。「承知しました。後日、資料を拝見しながら改めて確認させてください」と一度置き、次の面談や資料の授受の中で確かめます。情報は、一度の面談で全部取ろうとしない。これが結果的に最も多くの情報を得る方法です。

聞いた内容の確認|要約・復唱・書面化

聞くことと同じくらい大事なのが、聞いた内容を正しく受け取れているかの確認です。三段階で行います。

確認の三段階

  • その場での復唱。重要な発言が出たら、「今おっしゃったのは、○○ということでよろしいでしょうか」と、相手の言葉に近い形で返す
  • 面談終盤の要約。終わる10分前に、その日確認できたことを3〜5点にまとめて口頭で確認する。あわせて「本日いただいた宿題」と「次回までに当方で行うこと」を明示する
  • 後日の書面化。面談記録を整理し、事実と解釈を分けた形で共有する。譲渡の目的、譲れない条件、従業員や取引先の扱いに関する意向は、必ず文字にして相互に確認する

要約するときのコツは、自分の言葉に置き換えすぎないことです。丁寧に言い換えたつもりが、微妙にニュアンスを変えてしまうことがあります。特に「従業員は守りたい」といった意向は、何をもって守ると考えているかが人によって違います。雇用の維持なのか、待遇の維持なのか、拠点の存続なのか。要約の場で、そこまで一段掘るのが実務です。

また、確認は依頼者を守るだけでなく、担当者自身を守ります。認識のずれが後で発覚したとき、記録があれば経緯を辿れます。ガイドラインが求める説明義務への対応という観点でも、記録は基本動作です(「中小M&Aガイドライン第3版の実務対応」参照)。

まとめ|質問は技術であり、訓練で伸びる

質問力は生まれ持った資質ではなく、訓練で伸びる技術です。オープンで開いてクローズドで締める。沈黙は3秒待つ。事実と解釈を分けて聞き、分けて記録する。聞きにくいことは、順番を工夫し、理由を先に言い、一般論の形で置く。そして復唱・要約・書面化の三段階で確認する。この五つを毎回の面談で意識するだけで、半年後には手元に残る情報の質が変わります。訓練の方法は単純で、面談記録から自分の質問文だけを抜き出し、誘導になっていないか、事実を聞けているかを点検することです。良い質問をする人のところに、良い情報が集まります。

よくあるご質問

A.面談記録を読み返し、自分の質問文だけを抜き出してください。文末が「〜ですよね」「〜ではないでしょうか」で終わっている質問が多ければ、誘導の傾向があります。また、自分が期待する答えを事前に思い浮かべていた質問には注意が必要です。特に価格や条件に関する場面では、こちらの見立てを先に示すと相手の判断を歪めます。事実を尋ねる質問と、こちらの意見を述べる場面は、口に出す前に分けてください。
A.多くの場合、信頼が足りないのではなく、まだ本人の中で言葉になっていません。譲渡の検討は数年かけて揺れ動くものなので、初回で全部を聞き出そうとしないでください。有効なのは、直接聞かずに周辺から入ることです。事業を始めた経緯、一番苦しかった時期、従業員との関わり。事実を時系列で話していただくうちに、本人が大切にしているものが自然に浮かび上がります。その日に出てこなくても、次回に持ち越せばよいという構えでいることが大切です。
A.重要な事項は書面に残してください。面談の場では要約して口頭で確認し、そのうえで後日、記録を整理したものを共有して認識のずれを潰します。特に、譲渡の目的、譲れない条件、従業員や取引先の扱いに関する意向は、後の交渉で必ず前提になります。口頭の記憶だけで進めると、後になって「そんなつもりではなかった」という食い違いが生じ、依頼者にも買い手にも損失が出ます。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら