本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。初回面談で何を聞くかは「初回面談のヒアリング設計」で扱いましたが、本稿はその道具の話です。ヒアリングシートは、新人が一定水準の面談をするための足場であり、同時に使い方を誤ると面談を台無しにする凶器でもあります。ここでは項目の設計、順番、埋めない欄の扱い、面談後の処理までを書きます。
ヒアリングシートは何のためにあるか
目的は三つです。聞き漏らしを防ぐこと、誰が面談しても一定の水準を保つこと、そして面談後に社内へ正確に引き継ぐこと。逆に言えば、シートは面談の台本ではありません。新人が犯す最大の失敗は、シートを上から順に読み上げて、尋問のような場をつくってしまうことです。
オーナーにとって初回面談は、会社の人生を初めて他人に話す場です。相手は「この人は信用できるか」を見ています。手元の紙ばかり見ている人間は、その時点で選ばれません。シートは会話が終わった後に空欄を確認するための道具と考え、面談中はできるだけ顔を上げて聞いてください。
実務的には、A4二枚程度に収めるのが扱いやすい。一枚目に会社と事業、二枚目に株主・財務・意向。項目を増やしすぎると、埋めること自体が目的化します。
載せる項目|六つのブロックに分ける
| ブロック | 主な項目 |
|---|---|
| 1. 基本情報 | 商号、所在地、設立、事業内容、拠点、許認可、従業員数(正社員・パート別)、代表者の年齢と在任期間 |
| 2. 事業の中身 | 主力商品・サービス、売上構成、主要取引先と依存度、仕入先、強みと弱み、競合環境、設備・不動産の使用状況 |
| 3. 人 | 役員構成、幹部人材の有無と年齢、キーマン、親族の在籍、労務の状況、退職金制度 |
| 4. 株主・資本 | 株主構成と持株比率、名義株や所在不明株主の有無、種類株式、株式の譲渡制限、過去の株式移動 |
| 5. 財務 | 直近3期の売上・利益、借入の残高と金融機関、経営者保証、個人資産の混在、役員報酬、簿外の債務や係争 |
| 6. 意向 | 検討のきっかけ、希望時期、譲渡の範囲、従業員・屋号・取引先への希望、譲渡後の関与、家族の理解、他社への相談状況 |
このうち4と5は、初回では概略しか埋まりません。それで構いません。株主構成は後で必ず精査するので、初回は「親族以外の株主がいるか」「連絡の取れない株主はいるか」という二問で足ります。深掘りは「資本構成の確認」の手順に沿って別途行います。
シートには自由記述欄を大きく取ってください。オーナーが語った言葉、表情が変わった話題、繰り返し出てきた単語。企業概要書を書く段になって効いてくるのは、実はこの欄です。項目化された事実は後から資料でも取れますが、本人の言い回しはその場でしか取れません。
聞く順番|会社の話から入り、お金の話は後に置く
順番には理由があります。当社が教えている流れはこうです。
- 1. こちらの自己紹介と、この場の性格の説明:契約を前提としないこと、秘密は守ること、決断を急がせないこと。ここで秘密保持の説明を丁寧に行います(「初回面談で秘密保持をどう説明するか」参照)
- 2. 会社の沿革と事業:創業の経緯から。オーナーが最も語りやすく、最も語りたい話題です
- 3. 現在の課題:事業環境、人手、設備、取引先。経営の話として自然に流れます
- 4. 検討のきっかけ:ここで初めて承継や譲渡の話題に入る。多くの場合、3の流れで本人から出てきます
- 5. 人と株主:従業員への思い、親族の状況、株主の構成
- 6. 財務の概略:数字の話は最後。決算書を見ながらが望ましいが、初回で出てこないことも多い
- 7. 今後の進め方:次に何をするか、いつまでに何を用意するか。宿題は必ず一つに絞る
お金の話を後ろに置くのは、序盤で数字に踏み込むと「値踏みされている」と感じさせるからです。会社の歴史と思いを聞いた後であれば、同じ質問でも受け取られ方が変わります。価格の話を向こうから振られた場合の受け方は「期待値調整の技術」を参照してください。
その場で埋めない項目と、聞き方の作法
初回で無理に埋めない項目を、あらかじめ決めておきます。
- 具体的な希望価格:算定の材料がない段階で数字を出させると、その数字が独り歩きします
- 従業員個々の情報:氏名・給与・評価は初回で聞く必要がありません
- 係争や不祥事の詳細:有無の確認までにとどめ、詳細は信頼ができてから
- 家族間の不和:立ち入りすぎない。本人が話し始めたら聞く、という姿勢で十分です
聞き方の作法
- 閉じた質問を並べない:「はい・いいえ」で終わる質問が続くと、面談は取り調べになります
- 否定的な語彙を使わない:「業績が落ちた原因は」ではなく「この数年で変わったことは」
- 沈黙を埋めない:考えている時間を奪わない。ここで待てるかどうかが差になります
- メモを取る許可を得る:「記録を取ってよろしいですか」の一言があるだけで警戒が下がります
- 録音は原則しない:必要なら明示的な同意を得る。黙って録るのは論外です
質問の技術そのものは「質問力を鍛える」に詳しくまとめています。シートは質問力の代わりにはならない、という点だけ繰り返しておきます。
面談後の整理|24時間以内にやること
面談の価値は、その後24時間で半減します。当日中、遅くとも翌日に次を済ませてください。
- シートの空欄を埋める:記憶が鮮明なうちに。埋められない欄は「未確認」と明記し、空白のまま放置しない
- 面談メモを起こす:オーナーの言葉をそのまま残す。要約すると温度が消えます
- お礼の連絡:短くてよい。話していただいた内容への感謝と、次のステップの確認
- 資料依頼を出す:初回で依頼するのは決算書3期分程度に絞る(「資料依頼の出し方」参照)
- 社内共有:案件化の判断に必要な情報を、上長や案件会議に上げる形に整える
社内共有では、シートをそのまま回すのではなく、「事実」と「所感」を分けて書いてください。「株主は本人90%、弟10%」は事実で、「弟の同意は取れそう」は所感です。この二つが混ざった資料は、後で必ず誤解を生みます。案件化の判断基準と共有の型は「案件化の判断と社内共有」にまとめました。
最後に、シートは固定物ではありません。面談を重ねるたびに、聞き漏らした項目、聞かなくてよかった項目が見えてきます。四半期に一度は見直し、自分の型に育ててください。良いシートは、誰かからもらうものではなく、自分の失敗から生まれます。