本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。買い手が企業概要書(IM)を読んで最初に出してくる依頼の一つが、「月次の推移をいただけますか」です。年次の決算書3期分では、会社の中で何が起きているかが見えないからです。ところが、月次は年次より扱いが難しい。季節で動いているのか、傾向として落ちているのかが、1年分では区別できない。決算整理の関係で年次と合わない。単月に大きな数字が入っている。本稿では、この三つをどう処理するかを型にします。運転資本の観点からの季節変動は「運転資本の見方」で扱っているので、本稿は損益の月次推移をどう資料に落とすかに絞ります。
年次3期では見えないもの|なぜ月次を出すのか
年次の決算書を3期並べても、次のことは分かりません。
- 直近の状況:前期末から半年以上経っていれば、いまどうなっているかは決算書に出ていない
- 変化が起きた時点:売上が落ちているとして、いつから落ちたのか。一時的なのか、続いているのか
- 季節性:年間の中でどこに山と谷があるか。買収後の資金繰りの設計に直結する
- 単発の要因:大口の受注、保険金、補助金収入などが年次では平均化されて見えない
買い手が月次を求めるのは、粗探しのためではありません。買収後の運転資金と人員配置を設計するためです。この目的を理解していれば、何を出せばよいかは自然に決まります。決算書そのものの整理は「決算書の加工と整理」を参照してください。
何か月分を並べるか|12か月では足りない業種がある
結論から言うと、24か月、できれば36か月並べます。理由は単純で、12か月では季節変動と趨勢の区別がつかないからです。8月に売上が落ちているとして、それが毎年のことなのか、今年だけなのかは、前年の同じ月がなければ判断できません。
とくに、次のような業種では季節や年度の偏りが大きく、24か月未満では実態が読めません。
| 業種の例 | 偏りの要因 |
|---|---|
| 建設・設備工事 | 年度末の工期集中。工事完成基準では竣工月に売上が立つため、月次が大きく振れる |
| 教育・学習支援 | 入学・進級の時期に入会が集中する |
| 飲食・宿泊・レジャー | 行楽期、連休、天候 |
| 空調・住宅設備 | 気温による需要の偏り |
| 会計・税務関連サービス | 決算期・申告期に業務が集中する |
| 農業・食品関連 | 収穫期、原料の入荷時期 |
建設業のように収益認識の方法によって月次の形が変わる業種では、その旨を注記します。「工事完成基準を採用しているため、竣工した月に売上が計上される」と一行あるだけで、買い手は月次の凹凸を正しく読めます。注記がないと、月次のばらつきを経営の不安定さと誤読されます。
また、月次だけでなく、受注残、契約件数、客数、稼働率といった先行指標を並べられると、売上の先行きが読めます。業種ごとの指標の選び方は「業種別KPIの選び方」に整理しています。
年次と合わないとき|作り変えるのではなく、両方並べる
月次の試算表を積み上げても、年次の決算書と一致しないのが普通です。理由は決算整理にあります。
- 減価償却費を期末に一括計上している
- 賞与を支給月にだけ計上し、引当てをしていない
- 棚卸を期末にしか行っていない(月次の売上原価が概算)
- 法定福利費、保険料、固定資産税などの未払計上が期末のみ
- 貸倒引当金、退職給付引当金の計上が期末のみ
ここで実務の分かれ目があります。月次を「調整」して年次に合わせるか、元の数字をそのまま出すか。答えは「両方出す」です。
具体的には、月次の表に「試算表どおりの数字」の列と、「期末一括計上分を各月に按分した調整後」の列を並べます。そして、どの費用をどういう考え方で按分したかを注記します(「減価償却費は年額を12等分」「賞与は支給実績を対象期間に按分」など)。元の数字を置き換えて調整後だけを出すと、買い手が自分の基準で検証できなくなります。
そして、ここが本稿でいちばん大事なところです。按分の調整は、利益を増やす方向にも減らす方向にも、同じ基準で行います。減価償却や賞与を各月に按分すれば、月々の利益は下がります。それでも按分するのは、月ごとの実態に近づけるためであって、見栄えのためではありません。都合のよい調整だけを入れた月次は、デューデリジェンスで元の試算表と突き合わされた瞬間に破綻します。
決算書と試算表が食い違う場合の確かめ方は「決算書と試算表が食い違うとき」に詳しく書いています。
単月の異常値|消さずに、根拠をつけて説明する
24か月並べると、必ず突出した月が出てきます。ここでやってはいけないのが、その月を除いたグラフを作ることと、「一過性」と一行書いて済ませることです。
実務では、異常値が出た月について次の形で注記します。
| 書く項目 | 内容 |
|---|---|
| 該当月 | いつの月か |
| 事象 | 何が起きたか(大口の単発受注、設備の売却、保険金の受取、災害による休業など) |
| 金額 | 影響額。分解できるなら売上・原価・費用に分けて |
| 継続性 | 継続するのか、しないのか。その根拠 |
| 根拠資料 | どの資料で確認したか(契約書、入金記録、元帳の摘要など) |
「継続性」の欄が本丸です。「一過性のため今後は発生しません」と書くなら、なぜそう言えるのかを示さなければなりません。単発の受注であれば契約書で単発であることが確認できる、保険金であれば同種の事故が繰り返さない前提が説明できる。根拠が示せないなら、「継続するかどうかは現時点で判断できない」と書きます。断定できないことを断定せずに書く方法は、必ずあります。
そして、利益を押し下げた異常値についても、同じ基準で注記します。災害で休業した月、大口の貸倒れが出た月。これらを「一過性の損失」として説明するなら、利益を押し上げた月も「一過性の利益」として同じ精度で書く。片方だけ調整した月次は、資料としての信頼を失います。調整項目の考え方は「EBITDAの実務」も参照してください。
見せ方|グラフ・表・注記の置き場所
最後に、資料としての形を整えます。
- グラフは3本まで:売上高、粗利益、営業利益。線を増やすほど読めなくなる。前年同月を薄い線で重ねると季節性が一目で分かる
- 表は数字で出す:グラフだけだと買い手が自分で分析できない。表計算ファイルでの提供を求められることが多いので、最初からそのつもりで作る
- 注記はグラフの直下に置く:別紙にすると読まれない。異常値のある月には、グラフ上に印を付けて注記に飛ばす
- 期間の区切りを明示する:決算期の変わり目に縦線を入れる
- 締日と作成日を必ず書く:「◯年◯月末締め、◯月◯日作成」。これがないと、古い資料が独り歩きする
- 直近月まで入れる:数か月前で止まっている月次を出すと、その間に何かあったのかと受け取られる。更新し続ける前提で作る
案件は数か月動きます。月次は「作って終わり」ではなく、月が変わるたびに更新する資料です。更新の手間を減らすため、最初から表計算の様式を決めて、毎月同じ形で足していける状態にしておきます。版の管理は「受領資料の整理術」の考え方が使えます。
そして、更新した結果が悪い方向であっても、そのまま出します。数字が落ちたときに更新を止めると、買い手は必ず気づきます。落ちているなら、なぜ落ちたのか、どう対応しているのかを添えて出す。月次は会社の現在地を示す資料であり、良い時期を選んで見せる資料ではありません。この姿勢が、交渉の終盤で効いてきます。買い手の関心を先読みする作業は「想定質問リストの作り方」に続きます。