本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。中小企業の案件で、資料づくりの終盤になって効いてくるのが知的財産です。「うちに特許なんてありません」と言われた会社に商標が10件登録されていた、主力商品のブランドがオーナー個人名義だった、基幹システムの著作権が外注先に残っていた。いずれも珍しい話ではありません。知的財産は、あることを示すためだけでなく、ないこと・不確かなことを正確に示すためにも棚卸しします。強い権利を誇張せず、弱い部分も落とさない。同じ基準で並べる前提で、確認の手順を型にします。事業パートの書き方は「IMの事業パートの書き方」を参照してください。

なぜ棚卸しが要るか|買い手が確かめたいのは三つ

買い手が知的財産について確かめたいことは、突き詰めると三つです。

  1. 譲渡後もその名前・技術を使い続けられるか(使えなければ、事業がそのまま続かない)
  2. 他人の権利を侵していないか(侵害の主張を受ければ、費用と信用の両方を失う)
  3. 権利が誰のものか(法人名義でなければ、株式を取得しても権利は付いてこない)

このうち3番目が、中小企業でいちばん頻繁に問題になります。創業者が自分の名前で出願していた、先代名義のままになっている、関係会社が持っている。株式譲渡では法人が持っているものだけが移ります。個人名義の権利は、別途の譲渡契約が必要です。ここを資料に書かないまま進めると、最終契約の直前に「では譲渡してもらえますか」という交渉が追加で発生します。

何を数えるか|登録されるものと、されないもの

知的財産というと特許を思い浮かべますが、中小企業で実際に効いてくるのは商標と、登録を伴わない権利です。次の順で拾います。

種類何を守るか存続期間の考え方
商標権商品・サービスの名称、ロゴ、社名の使用登録から10年。更新登録の申請により更新できる
特許権技術的なアイデア(発明)出願日から原則20年。毎年の特許料の納付が必要
実用新案権物品の形状・構造等の考案出願日から10年
意匠権製品のデザイン令和2年4月以降の出願は登録日から25年
著作権プログラム、設計図、カタログ、写真、マニュアル登録は不要。創作の時点で発生する
その他ドメイン名、屋号、営業秘密(ノウハウ、顧客リスト、レシピ)登録制度によらない。管理の実態が問われる

存続期間や更新の要否は法改正で変わることがあり、また個別の権利ごとに事情が異なります。制度の詳細と個別の判断は弁理士・弁護士にご確認ください。仲介者が資料に書くのは、調べて確認できた事実と、確認できていない事項の区別です。

登録を伴わないもののうち、実務でいちばん効くのが営業秘密です。レシピ、加工条件、顧客リスト、見積りの積算ロジック。これらは「あります」と書くだけでは資料になりません。どこに、どういう形で保存され、誰がアクセスでき、退職者にどう扱わせているかまで書いて、初めて承継できる資産として読めます。属人化している場合の整理は「属人性の高い会社の案件」を参照してください。

どこで確かめるか|口頭の申告で終わらせない

オーナーの記憶だけに頼ると必ず漏れます。公開されている情報で裏を取れるものは、こちらで取ります。

  • 特許情報プラットフォーム(J-PlatPat):特許庁が提供する無償の検索サービス。出願人・権利者名で検索すると、商標・特許・意匠・実用新案の登録状況が分かる。法人名だけでなく、オーナー個人名、先代の名前、旧社名でも検索する
  • 登録原簿:権利の移転、質権の設定、専用実施権・専用使用権の設定は原簿で確認する。J-PlatPatの表示だけでは最新でない場合がある
  • 年間の支払記録:特許事務所への支払い、更新料の引落としから、把握していない権利が見つかる
  • ドメインの登録情報:登録者名義と有効期限。個人名義・退職者名義のままという例が多い
  • 契約書:ライセンス契約、共同開発契約、システム開発の委託契約、フランチャイズ契約、デザインの発注書
  • 就業規則・職務発明規程:従業員の発明の帰属と対価の定めがあるか

検索は、会社名で1回引いて終わりにしないことです。表記ゆれ(株式会社の位置、旧字体、カタカナ表記)で漏れます。ブランド名そのもので検索して、他人が同じ名称を先に登録していないかも見ます。これは侵害リスクの初期確認にもなります。公開情報からどこまで分かるかは「対象会社の外部調査」にも整理しています。

名義と期限|この二つが実務の九割

調べた結果を、二つの軸で仕分けます。

一つ目は名義です。法人名義以外のものは、すべて論点として立ちます。

名義実務上の扱い
オーナー個人株式譲渡では移らない。譲渡または使用許諾の取り決めが要る。無償か有償か、時期はいつかを先に決める
先代・親族相続が発生していると権利者の確定から必要になる。時間がかかるため早く着手する
関係会社関係会社を譲渡対象に含めるかどうかと連動する(「関係会社間取引の整理」)
外注先・共同開発先契約で帰属がどう定められているかを読む。定めがないと、原則として制作した側に権利が残る場合がある

二つ目は期限です。権利は放っておくと消えます。次回の期限と、その管理を誰がしているかを必ず確認します。特許事務所に任せきりで社内に記録がない、担当者が退職して更新が止まっていた、という例は実際にあります。「期限が迫っている権利がある」ことは、隠す事実ではなく、譲渡前に片づけられる事実です。資料に書いて、いつまでに何をするかを工程に置いてください。

ライセンス契約がある場合は、支配権の変更で契約が終了・解除できる条項がないかを読みます。ブランドや基幹システムのライセンスが譲渡を機に切れると、事業そのものが止まります。この確認は許認可と同じ重さで扱ってください(「許認可とチェンジオブコントロールの事前確認」)。

資料にどう書くか|一覧表と、弱い部分の書き方

企業概要書(IM)に載せる形にします。列は次のとおりです。

  • 種別(商標/特許/意匠/実用新案/著作権/ドメイン/ノウハウ)
  • 登録番号・名称(IM段階ではブランド名が特定につながる場合があり、粒度を調整する)
  • 権利者名義(法人/個人/関係会社/共有)
  • 出願日・登録日・次回期限
  • 事業での使用状況(主力商品に使用/防衛目的で保有/未使用)
  • 第三者への許諾・第三者からの許諾の有無と、支配権変更条項の有無
  • 担保・質権の設定の有無
  • 確認状況(登録原簿で確認済み/ヒアリングのみ/未確認)

最後の列を必ず入れてください。「確認できていない」と書くことは、資料の弱点ではなく精度の表明です。調べていないものを調べたように書くと、DDで食い違ったときに資料全体の信頼が落ちます。

そして、書き方の姿勢です。登録件数が多いことを強みとして書きたくなりますが、使っていない権利を多く持っていることは、維持費用がかかっているという意味でもあります。逆に、登録が一件もない会社でも、営業秘密の管理ができていれば価値として書けます。件数ではなく、事業との結びつきで書く。良く見える事実も、そうでない事実も、同じ列に同じ精度で並べる。これが知的財産のパートの基本です。

権利関係に争いの兆しがある場合(警告書の受領、係争中の案件)は、別途、紛争の項目で扱います。書き方は「訴訟・紛争・クレーム履歴の書き方」を参照してください。

本稿は仲介実務の一般的な型を解説するものであり、個別案件における税務・法務・労務の適用は、税理士・弁護士・社会保険労務士等の専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.まず事実を資料に明記し、そのうえで譲渡か使用許諾かをオーナーと買い手で決めていただく論点として提示します。株式譲渡では法人が持つ権利しか移らないため、個人名義のままでは譲渡後に会社がブランドを使い続けられない可能性があります。無償で譲渡するのか対価を設けるのか、手続をいつ行うのかを最終契約の前提条件に組み込むのが一般的です。具体的な契約の作り方と税務上の扱いは、弁護士・税理士にご確認ください。
A.省略しないでください。登録された権利がないことも情報です。そのうえで、営業秘密やノウハウがどう管理されているか(保存場所、アクセス権限、退職時の取り扱い、秘密保持の誓約)を書くと、承継できる資産として読めます。逆に、何も管理されていないのであれば、それも事実として記載します。書かなければ、買い手は自分で確認するだけです。
A.契約でどう定められているかによります。委託契約に権利の帰属を定める条項がなければ、制作した側に権利が残ることがあり、その場合は譲渡後の改修や他社への委託に制約が生じます。実務では、まず委託契約書と発注書を集めて帰属の定めを確認し、定めがない場合は論点として資料に記載します。判断は法律の解釈に関わるため、弁護士にご確認ください。
A.条項の内容(事前承諾か通知か)を確認したうえで、売り手と相談して時期を決めます。ブランドや基幹システムのライセンスは事業の継続に直結するため、許認可と同じ重さで工程表に置いてください。一方で、早すぎる連絡は情報が漏れる経路にもなります。誰に、いつ、どの範囲で伝えるかを決めてから動くのが実務の順番です。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら